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芹沢猪四郎の黄昏

■『ゴジラ:キング・オブ・モンスターズ』の二次創作小説です。
本編のネタバレを含みます。
■それでもよろしい方は「続きはこちら」からどうぞ。




 ノートは渡した。眼鏡も置いてきた。時計だけは持ってきた。



 そこは黄昏の世界だった。人間の体に異形の頭を持つ二体の石像が出迎えてくれた。

 潜水艇を降り、探査機の映像で見えたゴジラの背びれを目指し、核弾頭と起爆装置を何とか持ち上げ、放射線の暴風と溶岩の熱気の中を歩き始めた。
 理由は色々とあった。潜水艦に乗り込んでいた誰よりも年嵩だったし、ゴジラについては一番詳しい。いや、そんな事より、何よりゴジラを間近で見たかった。もう一度この目で見たかった。出来る事なら五年前のサンフランシスコよりも近くで。
 自分の重量の半分の荷物を持って行動できる人間はそうは居ない。鍛え抜かれた軍人でもないから、ただ己の非力さを思い知った。
 だから、長い石段を一歩また一歩と踏みしめて登る。
 核爆発によるエネルギーを捧げ、ゴジラをまどろみから目覚めさせる為に。
 階段の途中にギドラを模った像もあった。そのすぐ傍で溶岩があふれ、暴れ、うねる。熱気でヘルメットが曇る。そうでなくとも熱された蒸気で蒸し焼きにされているような気分だ。
 階段が終わる。高台に着いた時には全身汗まみれで息も上がり、満身創痍だった。
 けれども一秒でも早くやらなければならない儀式がある。
 コンテナから核弾頭を取り出し、据え置いた。指紋認証の為に右手袋を外す。震えているのは急性被曝の影響で神経がダメージを受けた所為かもしれない。
 テンキーを操作し指紋認証ボタンを押すと、起爆装置が動き出した。
 六十秒。
 潜水艇は放射線と磁気の影響でもう使い物にならないし、何より、母船の潜水艦はもう退避を始めている。仲間には別れを告げた。何もかもが遠い。遠くなった。
 この世界を、地球を黄昏色に染め尽してはいけない。
 父の時間を止めた時計をもう一度見た。
 今世界中で広島以上の事が起こっている。地球が割れそうだとさえ思う、そんな事が。だから世界中の時間を止めてはいけない。より幸せな方へ世界を導きたい。
 その鍵はゴジラしかない。
 ――意識が遠い。
 立ち上がるだけで更に遠くなろうとする意識を掴みかけた時、力強い息吹を感じた。
 振り返ると、蒸気に包まれたゴジラの黒い頭部がそこにあった。それこそ、サンフランシスコで死闘を演じ力尽きたのを見た時よりも近かった。
 もっと、もっと近くで見たい。
 それは綺麗な物を眺めていたいとか、自分の物にしたいという欲求に似ていると思う。
 そう思って近づいた。核弾頭のカウントダウンが始まった今、やる事などもう無い。儀式はもう終わったのだ。
 自分のわずかな気配を感じてかゴジラが眼を開く。金色の左眼が鋭く見ていた。
 無意識に防護服のヘルメットを取った。
 神社で、寺で、あらゆる神の前に立つ時、人は脱帽し深く頭を垂れる。それは巨神達の世界でも同じらしく、ラドンはイスラ・デ・マーラに舞い降りたギドラに頭を低くして接した。
 ゴジラに触れる。
 父は言った。傷を癒すには傷をつけた悪魔と和睦するしかない。
 その悪魔とは原爆の事だろうかと思っていた。とても難しい事ではないかと思っていた。父を原爆症で亡くして遺品整理をしている内に、ゴジラの片鱗を知った。いつの間にか古生物学者になっていて、気が付けばモナークで働いていた。
 数々の原水爆実験や地球の気候変動に耐え生き延びてきた太古の巨神の影を追う人生だった。しかし自分にとってゴジラとは神ではなく、言葉を選んで表現するなら正体不明の不思議な友達だった。時に古い文献に痕跡があり、そうかと思えば太平洋の漁村で先週目撃された、原始生態系の頂点であり人生の伴侶――言い過ぎだ。やはり、昔から知っているような気がする友達だ。
 溶岩と蒸気の奔流に雑じり、最期の音が遠く聞こえる。


 さらば。

 友よ。





あとがき

『ゴジラ:キング・オブ・ザ・モンスターズ』のこのシーンが好きすぎて、公式ノベライズ版が宿敵カドカワから(2014年版ゴジラのノベライズは宿敵カドカワから文庫が出ています)出るより早く小説化したいと思いガガガっと書いてうpしてしまいました。
訂正したい個所はありますが、とりあえず早くうpするのが目標だったので推敲は特にはしませんでした。
後日完全版がこっそりうpされるかもしれません。

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