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蒼の深話 上

艦これの二次創作です。
まるゆ、提督、正体不明の艦以外は空気です。
「艦」と書いて「フネ」と読む場所多数です。
以前投稿した「青の深話」の完成版となります。


 海が荒れた翌日は、どこからともなく艦娘が浜に打ち上げられている事が多いと言われている。記憶にまつわる古い艦船を呼び、艤装を身に着け、一人で巨大な艦船を操る存在が、海からもたらされるという事しか人は解っていない。
 艦娘達は生前の船の記憶に基づく港や浜の近くで見つかり、船と人の間の存在として暮らしていた。漁師に混じって船を操り、連絡船として人や貨物を乗せ、趣味道楽のボートとして海を走った。
 中でも特殊な例が、とりわけ第二次世界大戦を戦った戦闘艦の艦娘だった。
 同じ様に海からもたらされる「記憶の無い者達」――深海棲艦と渡り合える、現行艦船にはない能力を持っていた。
 なぜ艦娘の力だけが深海棲艦に通じるのか。
 それに対する答えを人類は、陸に住む者達は探り続けた。その結果、曖昧とした表現になるが、それを可能としているのは艦娘達が持つ陸と海を繋ぐ記憶にあると結論付けられた。
 しかし海と陸の記憶には齟齬が、致命的なずれが存在する。
 海にしか無い絆が、物語が、道が、当たり前の様に存在するのを、陸だけに住む者にはにわかには理解出来ない。理解されずに爪弾きに遭った者や、齟齬に苦しむ者達を受け入れる場所としても、戦闘艦娘達を統制する場である鎮守府や泊地は機能していた。鎮守府や泊地でしばらくの間に世話になった者の中には齟齬を乗り越えて、本来の艦娘としての役割を思い出す事も多々あった。
だからその艦娘もとりあえず鎮守府に繋ぎ留められる事となった。
 
 その日も海が荒れていた。良く通る女性の声が、海に無闇に行かない事、もしも艦娘と思われる者を発見した場合は所定の電話番号や機関に通報する事、艦娘と思われる者の特徴を、車載スピーカーから告げていた。海辺に肩を寄せ合っている古い建物の窓ガラスに、潮混じりの風が吹き付けて震えていた。
 紺色の冬物の制服の男は艦娘を空き部屋の一室に通して、ここが君の部屋だと言って、その辺りにあった椅子に座る様に促すと、自身もまた丸い座面の背もたれも無い椅子に腰を下ろした。
「えー、面倒臭いかもしれないけれどももう一度確認しておく。うんざりするかもしれないが、本当に記憶が無いのか」
「艦の記憶を思い出せないだけです。日常生活には支障はありません」
 制服の人物は確かめる様に書類と白い顔を比べ見た。
「君の艦娘手帳だ。今朝がた来た。これで登録すれば図書館も使えるしバスにもただで乗れる。それと、事前の許可が必要だけれど、鎮守府や泊地以外の場所に寝泊まりする事も可能だ」
 使い込まれた革の鞄から手のひら二つ分程の茶封筒を出すと、丁寧に向きを直して渡してくれた。封は切られており、中には折り畳まれた紙と小さな紙片が収まっていた。
 紙片にはうつむき加減で長髪の白い生気の無い顔写真と、読めない文字の大きな朱色の判子が並んでいた。顔写真が自分のものだと解るのに時間が掛かってしまった。
 艦名 ○○-不明01号
「いずれ君にも給付金が下りる筈だから、それまでは気に入らないだろうけれど、ここにあるお古の物でも使ってくれたら良い」
 そう言う相手につられて、目線を部屋の中に泳がせた。机、椅子、その上に置かれたお古の鞄、ベッド、古い辞書や本を納めた本棚、塗装の剥げかけたクローゼット、陽に焼けたカーテンと鈍色の空。ふと、三階建ての三階目にあるのに、ここは要らないものの部屋なんだと気付いた。
「でも私としては、不明1号と呼ぶよりも、陸の記憶がいくらか残っているんだからほのかとでも名付けた方が良いと思うけど、君はどうかな?」
「……ほのか?」
「そう。別な名でも良いかもしれないけれど私は思いつかなかったから」
 ほのか、と再びかりそめの名を繰り返す。
 その時、遠くから階段を駆け上がり、廊下をまっすぐに走って来る元気な足音がして、ノックもせずに少女が部屋に乱入して来た。
「どうした?」
「提督、連絡がなかった、北海道方面支援遠征部隊が、今、帰って来た!」
 息を弾ませながら彼女は言い、それを受けて制服の、提督――○○の艦娘達を取り仕切る人物――は険しい顔になり、
「また来る」
 そう言い残し、鞄を抱えて少女――艦娘に仔細を訊ねながら去ってしまった。
 足音達が遠くなり、静けさがまた戻るかと思われた時、ほのかは提督がそうした様にまっすぐに椅子から立ち上がった。窓の外を見ると、煙突だけではなく艦のあちこちから黒煙を上げてこちらに向かってくる戦闘艦達が空と海の間に米粒ほどの大きさで見えた。階下でもよその部屋でも同じ情報を見聞きして驚いている艦娘達が居るらしく、にわかに周囲があわただしく動き出した。
 なのに自分と、この部屋だけは全く動いていない。
 
 深海棲艦の支配域に近づくと、人間は精神を汚染される。
 抑鬱や無気力な状態になり、重篤な場合だと制止を振り切って海に身を投げてしまう事もある。そういった人間達を無事に陸に帰して詳しく話を聞けば、自分自身の事を海底に沈む船だと信じると主張するのだ。
 しかしこれは、運よく精神を汚染されなかった乗組員が居合わせた船の話だった。乗組員が全員消えて漂流しているタンカーや貨物船が公海上で発見される事件が頻繁に起こり、また、乗員乗客諸共、深海棲艦に襲われて消息を絶ったとしか考えられない客船もあった。
 深海棲艦絡みと思われる船舶の行方不明や事故が頻発し出して国際問題になった頃、まるで人類に差し出される様に、精神汚染の影響を受けない艦娘達が現れた。彼女達は人の形をしながら船であった。既に名を忘れられた小さなボートも居れば、細切れにされた筈のタンカーも、海底に沈んだ筈の戦艦や空母すら居た。
 発見された初期の艦娘達を詳しく調べた結果、彼女達は人間と同じ造りの記憶や肉体を持つ一方で、第六感と一般的に称されるような感覚や、人間を基準に考えれば驚異的な回復力、また、後に艤装連絡系と名付けられた、人間数十人から時には数千人が携わらなくては出来ない艦のあらゆる操作を艦娘独りで行える能力が備わっていた。そして特筆すべき事に、個別の艦船を呼び操り、更には戦闘艦を名乗る者達には深海棲艦を撃退する能力があると解った。
 そうと解れば話は早かった。深海棲艦に対抗する新たな組織が海岸線を持つ国の津々浦々に備わり、運営が始まり、機能し始めた。外洋航路は戦闘艦娘達の護衛や活躍により再び人類の手に返って来た。
 対抗手段を得た事により、深海棲艦についての研究も同時に始まった。遠目には、人間・艦娘・写真などの機械のどの目にも、激闘を潜り抜け弾薬も尽き果てた、煤けて荒々しい見た目にも関わらず人の気配の無い幽霊船として映る。それが尚も戦おうと、全速力を上げたり砲の照準を合わせたり、更には攻撃して来たりするのだから、不思議ながらも不気味であった。
 また、その艦のどこかに、艦娘と同じ様に「誰か」が居るかもしれないとの推測から、座礁等して動きや害意が無いと思われる深海棲艦に乗り込み「誰か」を探す試みも行われた。結論から言うと、「誰か」は存在した。黒い外殻に覆われた生き物だったり、血の気の無い人間の白い手足を持っていたり、胴体と頭部のある人間に近い形をしていたりと、様々な姿をした生き物が艦のどこかで一艦につき一体、見つかった。
 人類はこれを艦娘同様の能力を持ったモノと考え、陸地に連行する実験も度々行われた。
 しかし、陸に連れて来た「誰か」達は言語学者達が分析しても解らない、声にならない声で言葉を操った。後に言語学者達は匙を投げて「人類の脳が拒んでいるかの様だ」とすら言い切った。
そして、陸に連れて来て何とか意思疎通を図ろうとする人類を嘲笑うかの様に、食事も摂らずに――もしかしたら拒否しているのではなく、単に摂取できないだけなのかも知れなかったが――衰弱して一週間かそこらで死んでしまうのを繰り返した。
その後も粘り強く人類が研究を重ねた結果「艦娘と異なり、陸の記憶を持たない上に使用言語も解析できないからこその深海棲艦である」という一応の結論をひねり出した。そこから深海棲艦達を「記憶の無い者達」と時たま呼称する様になった。
 それだけしか、人類は解っていない。
 
 ほのかと名付けられたまっさらな記憶の上に、少しずつ日々の記録が降り積もっていく。
 部屋にあった三十年前の辞書には残念ながら「艦娘」の項目は無かった。それ以降に現れた存在なのだ。
 ほのかに完全に記憶は無いわけではなかったが、それこそわずかにしか備わっていなかった。あれが何か、それは何かと訊かれて答える事も、その物を使う事もできた。発見当初の記録によればほのかは精神を汚染されていなかったし、身体能力も精神傾向も一般的な戦闘艦娘と同じだったから、普通の人間ではないとすぐに判断された。
 ただ艦としての記憶が無かった。
 海から吐き出され――陸に打ち上げられた日から、艦娘は自分の生前の船と人々の記憶を持ち合わせているはずだったが、ほのかにはそれが無かった。
 あるはずの当たり前の物が無い。○○という、陸にありながら海の性質を持つはみ出し者達の為の施設の中にあって、ほのかは一層孤独だった。食堂に行っても浴場に行っても自分と同じ身上の仲間が居ない事を知るだけで、己の孤独さを強調している様だった。
 ほのかは○○に来て最初の三日間、振り分けられている仕事もなく、施設を探索するも広さや煩雑さに疲れて、要らない物達の部屋に戻っては潮騒を遠くに聞きながらベッドに潜り込んで朝が来るのを待つのを繰り返した。その間変わった事と言えば、「○○-不明01号」の艦娘手帳を首から提げる様になった事位だった。提督が、記憶が無い身の上の自己紹介の煩雑さを慮ってくれたものだ。
 自分が何者かを探る為に○○内の図書館を使ったが、これまでの戦闘詳報などの記録や読み古された娯楽小説など最低限の資料しか無かった。そこで、外の図書館や資料室を使える様に手続きをしようとした事もあった。
しかし、いざお古と支給品の筆記具と鞄と財布を持って外出しようとしても、鎮守府の外壁に無秩序に貼り付けられて潮風になぶられているビラ群を見ると、なけなしの勇気はすぐに潰れてしまった。ビラは貼られては艦娘達が不愉快そうに剥がすのを繰り返すのだが、一向に減る気配が無い。とどめに週に一度シュプレヒコールを叫ぶ為に、こんな鈍色と寒気が支配する暗い海しかない地方にまでやって来て、自分達の政治信条が如何に正しいのかを誇張して叫んで消えていく何らかの活動家の一団が居るのだ。
 活動家達が曰く、鎮守府で囲っている戦闘艦娘の余剰人員や資材は、近隣諸国に不必要な刺激を与えてしまい、様々な摩擦の原因になるのでさっさと解体処分して力の無い普通の女性にしてしまうのが双方の為になるし、少子化対策にも繋がる。また別なビラが曰く、深海棲艦自体が政府や国際機関のでっち上げで、戦闘艦娘も民間艦娘も政府が秘密裏に開発を進めた兵器であり、鎮守府や泊地の存在は全く以って税金の無駄遣いに他ならない。
 ビラの中には艦娘達に対して肯定的な意見の物も無いわけではなかったが、数が少なく、いきり立った活動家にも無表情な艦娘にも引っぺがされてしまうのがオチだった。ビラの肯定的意見より否定的意見が圧倒的に多かったのも、ほのかが自身も何かの役に立てる筈だとほんの少しだけ自負していた心を挫いた。
 そしてビラやそれを配布する人々の主張の所為で、鎮守府や泊地と戦場たる海を行き来する兵器としての艦娘のイメージが先行してしまい、街に所用で出かける一人の女性としての艦娘の存在を、それだけで恐怖の対象となると見做す人々もいる様だ。
ビラと、街に出れば何をされるのか分からない事に怯え、何もしないまま更に時間が二日、三日と過ぎて行った。
 
 何も出来ずにいる時間が四日目になった。ほのかは朝からのろのろと要らない物の部屋で惰眠をむさぼっていたが、食堂が閉まるぎりぎりの時間になってようやく起きる事が出来た。起きた所で自分に割り当てられた仕事も無いのだし、と思うと自分は何なのかと疑問だけが残って、朝食も何とか時間内に食べる事が出来たと言った風だった。
その日は金曜日で朝から曇っていた。ほのかの心は凪いでいた。
 ○○には不思議な場所がいくつかある。使い方さえ解ればその不思議さは消えてしまうのだが、海の記憶に照らし合わせても陸の常識を持ち込んでも解らない物が時折ほのかの前に現れた。
 今目の前にある、海へと続く緩やかなコンクリート造りのスロープ状の構造物もその一つだった。
浜辺にしては無機質で、幅は一息に走れない程、構造物の深さは潮の高さにもよるが二十歩以上あり、ここに昼夜を問わず艦娘達が集まるのを遠くから見た事があるが、何をしているのかは遠過ぎて解らなかった。先日の「北海道方面支援遠征部隊」の帰還の際にはここは艦と艦娘であふれ返っていたが、今は誰も居ない。
 今は誰も居ないこの場所が、自室に似ている気がして近付く気持ちになれた。
 そこに何か用がある訳でもなくぼんやりと佇んでいると、目の前にスロープの幅の半分もない小さな潜水艦が海を持ち上げる様に浮いてきた。
「はぁーゆっくりお風呂に入りたいです」
 白い水着を細い体に纏った少女が潜水艦の甲板に現れ、開放感からかそんな事を言い放った。少女のお腹には赤く平仮名のゆの字を丸印で囲った模様が平たく貼り付いている。
 少女が甲板から飛び降りる。スロープの陸地ではなく海面に。深緑と油膜色が混じった海面に、白い足袋で包んだ足が半分沈みながら、しかししっかりと海中の見えない足場を掴んでは水飛沫を立てて上がり、を繰り返す。足首には赤い輪の様な物が付いており、背中には赤い舵の様な物がぶら下がっている。
 この娘は艦娘だ。ほのかはようやく気付いた。そしてここはやはり人工だが浜辺だ。陸と海の境目の装置だ。
「ほっ……ほぃっ……!」
 白い艦娘の顔は大きなゴーグルで覆われていてよく見えない。けれどもあちらがほのかに気付いている様子はない。危なっかしげな足取りの白い艦娘のすぐ背後に、やや筒状の殆ど丸い物体が静かに浮いて大人しく付いて来ている。運貨筒と書かれていた。
「うんちゃん、まるゆ、お使い頑張れたもんね!」
 艦娘が運貨筒に話しかけながらゴーグルを取ると、まん丸く黒々とした瞳と、あまり陽に焼けていない白い頬がようやく現れた。無垢で無邪気で曇り一つない、年齢はいくつか解らないが少女と言うよりは子供のような印象だった。
「まるゆ……」
 ほのかは呟いた。さざ波に紛れて消えてもおかしくなかったその声に、白い艦娘は反応した。
 明らかに艦娘はほのかに驚いていた。
「ま、まるゆは!」
 上ずった高い声で、細い体で踏ん張りながら少女は続けた。
「深海棲艦なんて怖くないんですから!」
 人工の浜辺の下と上で、鈍色の重い空と海の間で、ほのかとまるゆは対峙した。
「まるゆ……さん」
 少女の艦娘としての名を、ほのかは繰り返した。
「私、深海棲艦じゃない……」
「嘘だぁ! 白い艦娘なんて居ないもん!」
 まるゆはそう言うと、腰のポーチからおもちゃの様な貧弱な見た目の銃を取り出して構えた。肩幅より広げて踏ん張った足は震えて、上半身まで揺らしていた。どうしよう、と、ほのかは思った。ここで死ぬのかもしれないと意識しても、不思議と恐怖感は無かった。
「私……、まだ何も、戦い方も解らないのに……」
「え……えぇ?! じゃあ名前! 名前ならわかりますよね?!」
 そう言ってまるゆは海の中からスロープを伝い、ほのかの元まで迫って来た。その間も銃は構えたままだったのに、銃の貧弱さからか、まるゆのどこか危なっかし気な挙動からか、本当に殺されるかもしれないという不安は不思議と湧いて来なかった。
「○○、ふめい、いちごう……?」
 まるゆがほのかの胸に下げられた艦娘手帳の艦名をゆっくりと読み上げた。
「あの、私、先週陸に上がったばかりで、色々調べてもらったけれど戦闘艦娘の数値が出たのにまだ艦や海の記憶が戻らなくて、こちらでお世話になっている所です。提督さんにほのかと名付けて貰いました」
 新規の艦娘が発見された時はまず身体検査や専用の各種知能・心理テストを行い、民間の船であった場合は元々所有していた法人個人に引き渡される場合が多い。また、すぐに行き場が見つからなくても「旧式でも良いから」と声が掛かる事も多く、専用の待機施設も出来ている。しかし戦闘艦の場合は深海棲艦を撃破する為の戦力とみなされる為、艦名の自己申告などを理由に、テストの結果を待たずに鎮守府や泊地に繋ぎ留めて置かれる事が多々あった。
「隊長さんがそう言ったんなら、仕方ないですね……」
 まるゆはそうぼやくと、渋々といった様子で銃を下した。まるゆの言う「隊長さん」とは提督の事だろう。今までに聞いた事の無い変な呼び方だと思ってしまった。
「まるゆはこれから隊長さんの所へ遠征の成果報告に上がります」
 少し誇らしげに、年齢相応に薄い胸を張ってまるゆは宣言した。そう言いながら右腕を海に差し伸べると、先程まで乗っていた小さな潜水艦がきらきら輝きながら消えていった。
「付いて来ますか? ほのかさん」
ほのかは初めて目にする現象に驚きながらも、ここに来て初めて提督以外の人物に「ほのか」と呼ばれた事に気付いた。
 
 提督の執務室にまるゆの先導で移動した。まるゆの報告自体は五分もせずに終わった。白い水着のまま、提督に深海棲艦の海中における動向を口頭で報告した後にレポート用紙にまとめた独自の調査書類の様な物を提出した。
「お疲れ様。ゆっくり休んでくれ。それと、まるゆは潜水艦だからまだ情報が行っていなかったと思うが、北海道方面支援遠征部隊が大破しながらも全員無事に帰還した」
 不思議な事に、艦娘には「生前」の艦と同じ機材や弾薬しか搭載できない。だから遠征部隊の無線が全艦破損し、連絡が取れなくなった時、提督達は衛星の写真や漁港の艦娘の見聞きした情報を頼りにおおよその場所の見当を付けたり、艦達の被害状況を推測する事しか出来なかった。
「大和さんの部隊、ご無事だったんですね!」
 まるゆの表情が華やいだ。
「ところで、ほのかはまるゆに付いて来たんだね。どうしてだい?」
「どうして……」
 提督から声を掛けられるとは思っていなかったほのかはオウム返しをしてしまった。どうして自分はまるゆに付いて来たんだろうか。解らなかった。
「まるゆは厳密には潜水艦じゃないから、似た者の雰囲気を感じたとか?」
 え、と思った。人工の浜辺で確かに潜水艦らしい形のまるゆが操る艦を見たのに、あれは潜水艦じゃなかった? じゃあ何だったんだろうか。
「まるゆは本当は、戦闘艦ではなかったんです」
 提督の言葉を継ぐようにまるゆが言った。その表情はやはり無垢であどけなく、鎮守府という鉄火場とは無縁の存在の様に、ほのかは感じた。
「三式潜航輸送艇と言って、本当は前線の陸軍の兵隊さん達に食料を届ける任務を仰せつかったおフネだったんです」
「輸送艦や工作艦ならよそには間宮や明石が居るし、両艦ともそれぞれの特技で艦娘のサポートに当たっている。陸軍が運用していた艦で、艦娘として存在するのはまるゆの他に数隻居る。もっとも、うちにはまるゆ一人しか居ないけれどね」
 陸にありながら海の記憶や性質を強く持つ者が居るとは、ほのかは初耳だった。彼女達も、もしかしたら目の前に居るまるゆも、齟齬に苦しんだり受け入れ先が見つからずにたらい回しに遭ったりしたのだろうか。
「戦闘艦じゃないし、しかも陸軍のおフネだったまるゆなんかが○○に居て良いんですかって隊長さんに訊いた事もあります。でも隊長さんは意味があるから艦娘として陸に帰ってきたんだって言ってくれました」
「……そう……」
 しかし、まるゆの身上話を聞いても興味深いと感じる事は出来なかった。
「そうだ、まるゆ」
 提督が不意に声を掛けた。
「休息明けの向こう二週間は遠征の予定が入っていたけれど、君にはほのかの先輩として軽いサポートを頼むよ」
 え、と小さくまるゆが驚いている内に提督がメモか走り書きを一枚書き上げた。
「こんな風に頼むよ。まだ正式な書類じゃないからそこまでかしこまらなくてもいいんだぞ?」
「さ、サポートって、まるゆに何が出来るのでしょうか?」
 書類を渡される前からまるゆは動揺していた。ほのかに自分が提督に報告するのに付いて来るかと自信あり気に言ったり、貧弱な装備だったが躊躇なく素早く銃を構えたりしていたのに、本来は気弱な性格なのかもしれない。
 ひとまず提督から恐る恐る書類を受け取り、目を通したまるゆは次第に落ち着きを取り戻していった。これなら自分にも出来ると言う自信を取り戻した様だ。
「ほ、ほのかさん」
 提督に一礼して、入り口に控えていたほのかに向き直ると、まるゆは言った。
「改めまして、拙いまるゆですが、よろしくお願い致します!」
 
 ほのかは、遠征直後だから風呂に入りたいと言うまるゆと一旦別れ自室に戻ったが、なぜかまるゆの方が風呂道具を持って、白いジャージを着てほのかの部屋にやって来た。
「ほのかさん……大浴場が……」
 落ち込んでそう言ったまるゆに、ほのかは何があったのか訊いた。
大浴場と言うのは名前ばかりで、数名でいっぱいになってしまう湯舟と五名分のシャワー台しかないが、それでも憩いの場の一つであり、艦娘に人気の施設でもあった。しかし、そこで塩気を帯びた体を清めたいと言うまるゆの願望は一枚の看板によって打ち砕かれた。大浴場メインシステムであるボイラーが故障し、修理中だったのである。貼り紙には明日の午後には直る見込みだと書いてあった。
「早くお風呂に入りたかったのに……この時間帯なら大丈夫だと思ったのに……」
 あからさまに落胆するまるゆにほのかはどう声を掛けたら良いのか解らなかった。
「……仕方ないです。銭湯に行きましょうか」
 まるゆは独り言を繰り返しながら勝手に結論を出した。
「セントウって、町にある?」
「そうです。町の誰でも入れる大きなお風呂の事です。途中まではバスで、後は歩きになっちゃうんですが」
 まるゆの目が「ほのかさんも来ますよね?」と訴えていた。
 門の外に貼られたビラの事を思い出した。戦闘艦娘は鎮守府や泊地から出るな。街に来る艦娘は一般市民の生活を脅かす害悪だ。さっさと解体されてしまえ。
「ごめんなさい、私、外に出るのが怖いんです……」
「どうしてですか?」
 まるゆは無垢だ、とほのかは思った。或いは細かい事が気にならない性格なのかもしれない。それとももしかしたら、見た目と同じく子供の様に、ビラの事なんて全然気にしていないのかもしれない。
「外にいっぱい貼ってあるビラが言っている事が怖くて……」
「ビラなんか見えない様にして門を出て、すぐ傍のバスに乗って町に着いちゃえば、まるゆ達も普通の女の子ですよ」
 だから大丈夫、とまるゆは微笑んだ。何だそんな事か、と一蹴されなかった事の方がほのかにとっては有難かった。その一方で、戦闘艦娘の顔は既に皆知られてリストが既に作られていて、町中では大っぴらに批判が出来ないだけで、独りになったら危ない目に遭うかも知れないと言う不安がよぎった。
「行きましょうよ、ほのかさん!」
 ほのかはまるゆの満面の笑顔に抗えなかった。
 二人で○○前のバス停に行くと、大浴場に入れなかった数人の艦娘と思われる少女達が既に待っていた。何枚ものビラが潮風に煽られてぱたぱた言っていたが、まるゆも少女達もそれを気にする風でも無くそれぞれが他愛もない雑談を楽しんでいた。
やっぱり皆お風呂が好きなんだなぁとまるゆがのんきに感想を述べるが、少女達はまるゆとほのかを視界に入らないようにしている様子だった。一応戦闘艦娘と判断が下されたものの正体不明の自分と、陸軍で造られた本来は非戦闘艦のまるゆは海軍に籍のあった艦娘達とは異なり、やはり異質な存在の様だった。
 やがて市街地へ行く、乗客の少ないバスがやって来て、ほのか達を乗せて走り出した。思っていたより簡単に外出出来た事にほのかは少し拍子抜けした。
 十分程郊外を走って少し寂れた町中に入ったバスは、人を乗せては降ろしを繰り返した。そして、商店街と思われる通りの前のバス停を通り過ぎた時、まるゆが我先にと言った風に降車ボタンを押した。
「ありがとうございましたー」
 ○○から一緒にバスに乗った艦娘や、艦娘手帳を見せて降車するまるゆの挨拶にバスの運転手は会釈すらせず、さっさとドアを閉じて発進してしまった。あの人はビラと同じ立場なのだろうかとほのかは思った。
「……まるゆさん、ビラと同じ考えの人ってこの町では多いんでしょうか?」
「うーん、まるゆは考えた事無かったです。艦娘を良く思わない感じの人も居れば、多分普通の女の子と変わりないって思っている人も居るんでしょう。噂ですけど、隊長さんとかのまるゆ達に関係のある人ならともかく、全然接点の無い民間の人が戦闘艦娘に惚れて付き合っているって話もあります。でも、一々気にしていたら心がもたないですよ」
 その話ももっともだと思いながら五分程歩いて路地に入ると、銭湯に着いた。
券売機で入浴券を買って中に入ると、ほのかは銭湯の広い脱衣所で裸になるのに少し抵抗感を覚えた。その一方でまるゆや同じバスに乗っていた艦娘達が、むしろ楽しそうに風呂の準備をして裸になっていくのを見て、少し吹っ切る事が出来た。脱衣場にはマッサージ機や自販機もあり、早めに風呂を堪能したと思われる艦娘か一般人か解らない少女やおばさん達が、瓶牛乳を飲んだりマッサージ機で揺れていた。
 二人と艦娘達は大浴場よりも数の多いシャワー台の前に座ると、それぞれが持って来たシャンプーや石鹸を使って頭や体を洗った。ほのかは風呂道具を持って来なかったので番台でタオル等の風呂の一式セットを購入した。試供品みたいな使い切りの袋のシャンプーを手のひらに出すと、思った以上の量があふれ出て来てタイルの床にこぼれた。
「からだをきれいにあらってから おふろにはいりましょう」「かみのけは おゆに つけないようにしてください」と言う注意書きの通りに体を洗い終えて、長い髪をタオルで纏めた時には、まるゆは既に広い湯船の隅で満足げな笑みをたたえていた。
 ほのかがその横に入ると、まるゆが長い溜息を吐いた。
「ほのかさん良いなぁ」
 湯船に肩どころか顎まで浸かっていたまるゆがそう言った。
「どうしてですか?」
「まるゆより背は高いし、スタイルが抜群に良いですし、髪は長くてきれいで、お肌も白くてきれいだし……あ、さっきは深海棲艦と早とちりしてすいませんでした」
「いえ、気にしてないですよ」
 湯船の別な所に目を向ければ、少女達や知らないおばさん達がそれぞれ寄り集まって、自分達と同じ様に楽しそうに話をしていた。
「まるゆさんも髪を伸ばせばいいのに。色々楽しめると思いますよ?」
「それがですね、まるゆ達艦娘は、ロボットみたいなものなんです」
「ロボットって?」
「髪も爪も伸びないし、老化も成長もしないんです。全く同じ艦の艦娘が何人も居る鎮守府や泊地もあって、まるゆも他のまるゆと会った事があるんですが、背の高さも顔も声も全く一緒で、ビックリした事があります」
「……じゃあ、私と同じ顔の艦娘を探せば、私が何者かも解るのでしょうか?」
「うーん……まるゆの知る限り、ほのかさんと同じ顔の人は……うーん、印象が変わってしまう程のお化粧しなきゃいけない艦娘って戦闘・民間問わず基本的に居ないんですけど……」
 まるゆはうんうん唸って、「まるゆの知る限りでは居ませんねぇ……」と歯切れの悪い結論を出した。
「ああ、あとそれと、髪の毛も伸びないって言いましたよね? 艦娘は髪の毛とか身に着けた艤装とかが傷ついても、陸に帰って一休みすれば元に戻るんです。呼んだ艦の重油や弾薬の補給も、これで済んでしまうんです。○○には弾薬庫も給油施設もありませんでしたよね?」
 そう言えば、とほのかは思う。あれだけ広い施設なのに、先日の北海道方面支援遠征部隊で黒煙を上げながら帰投した艦達が修理をする施設は見当たらなかった。
「えーと、そのですね。だからほのかさんが髪を切っても、きっと一日で元の長さになっちゃうと思うんですよ」
「なんだ……」
「まるゆはほのかさんみたいに長いのに憧れますよ? あ、あと、ほのかさん気を付けて下さい。陸でも海でも命に関わる重傷を負った時は、艦娘の力と引き換えに私達は普通の女の子になってしまうんです」
「……解体とは別にですか?」
「解体は私達艦娘の合意もあって、普通の女の子になった時のリハビリ施設にも前もって予約を入れて入居出来るんですが、事故となると、まず病院通いからになってしまうので、体力や気力の回復とかも必要で大変だって聞きました」
 だから尚更気を付ける様に、とまるゆは念押しして言った。
「……でも、髪の毛が短い方がシャンプー少ない量で済むでしょ? 私、短い方が良かったな」
「え? がっかりされているんですか? 沢山アレンジ出来ておしゃれの幅も広がるのにですか?」
「うん、もう少し短い方が良かった」
「こればかりは生まれ持ったモノですから、仕方ないかもしれませんねぇ」
 今、自分達は戦闘とも○○の施設とも関係の無い、何の他愛も無い普通の会話が出来ている。まるゆと一緒に外に出て良かった、とほのかは思えた。
「……本当に皆、普通の女の子になれるんですね」
 ほのかの言葉に今度はまるゆがふふ、と笑った。
 
銭湯から○○に帰り着くと、ほのかとまるゆは一旦自室に帰ってからほのかの部屋で今後の計画を立てる事にした。ほのかは銭湯で乾かしきれなかった髪の毛が気になり、一階の共有洗面所にあったドライヤーで念入りに髪を乾かして部屋に戻った。ほのかの部屋には既にまるゆが来ていて、サポートが出来る事が嬉しくてたまらないと言った様子でそわそわしていた。
「ここって陽が差すとあったかそうなんですけど、今日は曇りでちょっと寒いですね……」
そう言いながらまるゆはメモ帳とボールペンを取り出して、「始めましょうか」と言った。
二週間の間に何をしたいかほのかとまるゆは一緒に考えた。町に出るのに慣れたい、図書館に行きたい、給付金が降りたからささやかだが買い物をしたい。
それ位をリストアップした所で行き詰ってしまった。
「うーん……。この、町に慣れるって言うのと、図書館に行くって言うの、多分一緒に達成できそうですよ?」
図書館には○○とは比べ物にならない量の資料があり、更に、県庁所在地にあるもっと大きな図書館に問い合わせれば資料の取り寄せも可能という事だ。何度も図書館に行くのを繰り返せば、バスに乗るのも外食するのも自然に出来る様になるだろうと言うのがまるゆの目論見であった。
「明日は土曜日ですね。図書館は大体月曜日以外は開いているので、明日行きましょうか?」
「……まるゆさんって、結構ぐいぐい行く性格なんですね……?」
「そうでしょうか? 二週間しかないんですから、目一杯やれる事はやっておこうと思うだけですよ。もしかしたらですが、まるゆは元々輸送艇だったから、速く着かないと落ち着けない性分なのかもしれません。待っている兵隊さん達が沢山居ましたから……」
 まるゆの声の調子が少し落ちた。艦の記憶が浮かび上がって来たのが堪えたらしい。この小さな体に似つかわしくない、重大な使命を背負わされていたのかと思うと、ほのかも悲しくなった。
「大丈夫ですよまるゆさん、私は居なくなったりしません」
「……ほのかさん、約束ですよ?」
 そう言ってまるゆは小指を立てた右手を差し出した。ほのかの中の陸の記憶がその意味を思い出す。ほのかもまるゆと同じ手の形を作り、二人で小指を絡め合った。まるゆが照れくさそうにえへへ、とくすぐったそうな笑みを漏らす。
「まるゆ、ほのかさんが海の記憶を取り戻さなくても良いなって思います」
「それは、どうして?」
 海の記憶を取り戻さず、名ばかりの艦娘として○○に留まる事は、無駄飯喰らいと同じ意味だ。
「だって、陸軍のまるゆとこんなに仲良くしてくれたの、提督以外にほのかさんだけだもの。ほのかさんも記憶が無くても、今、楽しんでくれているかなって思うと、まるゆは嬉しいです」
 そう言ってまるゆはほのかと絡めていた小指を離し、これからもよろしくお願いします、と頭を下げた。
 その後、ほのかとまるゆは一緒に食堂に行って夕食を食べ、明日の朝八時に正門前集合と約束して解散となった。
 ほのかは潮騒の聞こえる要らない物の部屋に戻った。けれども今は要らない物だけの部屋ではないと思えた。まるゆが居た。そして明日の予定が出来た。お古の鞄を引っ張り出して筆記用具やハンカチを入れて明日に備えた。
 ベッドに就くと、明日図書館に行くのを楽しみにしている自分に気が付いた。
 

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