忍者ブログ

カレンダー

04 2024/05 06
S M T W T F S
1 2 3 4
5 6 7 8 9 10 11
12 13 14 15 16 17 18
19 20 21 22 23 24 25
26 27 28 29 30 31

フリーエリア

最新コメント

[02/07 popo]
[02/22 ロブスター]
[12/15 はまち]
[09/13 YAZIN]

最新トラックバック

プロフィール

HN:
なば
HP:
性別:
非公開
趣味:
読書・ふらりとどこかに行く
自己紹介:
絵を書いたり文を書いたり時々写真を撮ったり。
コーヒーとペンギンと飛行機が好き。
twitter=nabacco

三国志大戦関係
メインデッキは野戦桃独尊、独尊ワラ。君主名はなばーる。
MGS関係
白雷電が大好きです。以上。
その他
航空関係のプロジェクトXな話が好物です。

バーコード

ブログ内検索

カウンター

アクセス解析

 

蒼の深話 下

艦これの二次創作です。
まるゆ、提督、正体不明の艦以外は空気です。
「艦」と書いて「フネ」と読む場所多数です。
以前投稿した「青の深話」の完成版となります。

 翌日、まるゆは胸元に緑のリボン飾りの付いた白いワンピースを着て現れた。
「良いでしょ?」
 そう言って嬉しそうにくるりと回って見せた。
「大分前に買ったんですけど、艤装の恰好に似ててまるゆは気に入っています。ほのかさんはまるゆより背も高くてスタイルも良いから、何でも似合うと思いますよ。図書館が終わったら買い物に行きましょうよ!」
「まるゆさん、よくそう言うけれど、本当にそうかな……?」
「まるゆの見てきた範囲の話ですが、ほのかさんみたいに背が高くてスタイル抜群な大人の艦娘さんって、地元企業さんとコラボレーションしてCMに出たり、写真集やカレンダーが出る位人気で、普通の人にも非戦闘艦の艦娘でも大人気なんですよ。本当ですよ!」
 まるゆが早口でまくし立てている間にも、壁に貼られたビラが風にあおられてぱたぱた言っていた。まるゆが言う事が本当なら、ここのビラに書かれている文句を唱える者や陰謀論者達は滑稽な存在だと、ほのかは思った。
 ほのかはお古のジーンズにシャツを着て、これまた誰かのお下がりのダウンジャケットを着ているだけだった。一見みすぼらしくないかと言えば嘘になる。
「大丈夫、まるゆが付いていますし、ほのかさんが着れば何でもおしゃれになりますから!」
 ○○前停留所からバスに乗り、昨日と同じ様に市街地を目指す。昨日降りた商店街前を通り過ぎ、「総合庁舎前」でまるゆがやはり元気よく降車ボタンを押した。本当に全身全霊で外出を楽しんでいる様子が伝わって来て、ほのかまで楽しい気分になれそうだった。
 総合庁舎前バス停で降車すると図書館はすぐだとまるゆは言っていた。
「あ、ほのかさん、献血やっていますよ!」
 そう言われてまるゆが指さす方を見れば、図書館と思われる建物の前に、献血を呼び掛ける人と特徴的なテント付きのバスがあった。バスの傍には簡易型の机と椅子があり、何人かの年代も性別も違う人々が座っていた。
 400mlのご協力お願いします
 O型不足しています
 K型ご協力お願いします
「K型? って何ですか?」
「艦娘型の事ですね。まるゆ達は特定の血液型ではなくて全ての人に対応出来る特殊な血液型なんです。でも艦娘同士の場合は艦娘の血しか受け付けないんですよ」
「……私も?」
「えっと、それは、解んないですけど……。行ってみましょうよ」
 まるゆと一緒にバスの近くまで行くと、係員が初めてですかと声を掛けて来た。ほのかが答えるより早くまるゆが二人とも初めてだと元気に答えると、机に案内されて問診が始まった。ほのかが自分は艦娘だと申告すると鉛筆で問診票に書き込んでいた係員が、ありがとうね、と微笑んで返事をした。
 町で艦娘だと明かして良い応えをして貰ったのは、ここが初めてだとほのかは思った。
結果から言うとまるゆもほのかも献血は出来なかった。まるゆは必要最低限の体重ではなかった事と、ほのかは簡易検査で艦娘型と特定出来なかったのが原因だった。詳細な検査結果は後程郵送すると、ほのかの問診の係員が少し残念そうに言いながら、駄菓子とジュースの入ったビニール袋をくれた。
 まるゆもビニール袋を貰っており、図書館で頭を使う前におやつにしましょうと言って二人で花壇の縁に座って駄菓子を頬張った。出たごみはビニール袋の口を縛って鞄の中に入れておいた。まるゆに、こうすれば図書館内の資料を汚したりせずに済むとアドバイスを貰った。
 図書館に入ってすぐ、まるゆがほのかの分の貸し出しカードを作成した。
「五冊までと二週間しか借りられないんですけれど、手掛かりがあると良いですね!」
 まるゆはそう囁きながら、ほのかに作ったばかりの貸し出しカードを手渡した。
「まるゆは少し別な本を見たいので、ちょっと外しても良いでしょうか?」
 ほのかは断る理由が無かったので承諾した。まるゆは慣れた様子で本棚が林立する部屋を足早に歩いて行った。
それから五分後。ほのかは途方に暮れていた。色々見て回ったが、どこのどんな本を手掛かりにすれば良いのか見当がつかなかったからだ。そこへまるゆが現れた。腕には借りようとしている本が抱えられていた。タイトルは『脳外傷 ぼくの頭はどうなったの?!』。
「ちょっと違うかも知れませんけれど、まるゆはほのかさんがもしかしたら記憶障害を起こしているのかもと思って、こんなのを探してました。ほのかさんは何を調べたいんでしたっけ?」
 まるゆが声を潜めてほのかに訊ねて来た。
「……私の、艦の姿を思い出したいんです」
「だったら軍事の本棚でしょうね。ほのかさん、今までで何か思い出した事ってありますか?」
「それがさっぱりで……」
「もしかしたらほのかさんは陸の記憶が強いって言うか、計画を立てたけれど造船出来なかった艦だったのかもしれませんね」
 これは難しい、と言うか、そもそもそんな例があったっけ、とまるゆは腕を組んで唸っている。
 二人で軍事の本棚の前に移動して何気なく見上げた上の段に、大戦を生き延びた艦達の乗組員や関係者の回想録が収まっていた。背表紙には、駆逐艦雪風、重巡青葉、戦艦長門など、様々な艦達の名が並んでいた。一方で下の段には、戦中に撮られた艦の写真を収めた写真集や図録や大型本があった。大型本の一部は貸出禁止のシールが背表紙に貼られていた。
「あ、大和さんの本だ」
 まるゆがそう囁きながら本棚の中程の一冊の本を棚から取り出し、中身をぱらぱらとめくって同じ棚に戻した。どうやらまるゆにとって内容が難しかったらしい。タイトルは『戦艦大和ノ最期』。
 第二次世界大戦を戦い水底に沈んだ艦があった。一方で生き延びた艦もあった。そしてどの艦も、深海棲艦と戦える力を備えて海を走り、艦娘として陸に帰ってきている。
ほのかは迷いに迷って一冊を選ぶと、借りてみる事にした。選んだ本は『日本の軍艦 120艦艇』。百二十もの艦を網羅してあるなら、きっと手掛かりはある筈だ。
 
「はぁ。結局、良い手掛かりは無かったですね……」
 本を借りて一緒に図書館を出て並んで歩くが、ほのか以上にまるゆが落ち込んでいた。
「気分を変えましょうよ。この本、百二十隻の艦の事が書いてあるみたいですし、何より、この後お買い物に連れて行ってくれるんですよね?」
「あっ、そうでした! ほのかさんの分の給付金が出ている筈ですけど、昨日の今日ですし、ほのかさんは持ち合わせが少ないからまるゆ先輩が持ちますよ!」
 ほのかの一言でスイッチが切り替わり自らを先輩と言い放つまるゆは誇らしげで、自信に満ち満ちていた。実際に、財布の中も当てに出来るのだろう。
「そんな、有難いのは有難いですが……そんな事をしたらまるゆさんのお金が無くなってしまいます」
「まるゆはあんまり買い物していないので給付金結構残っているんですよ。行きましょうよ!」
まるゆが笑ってバス停に向かって走り出した。
まるゆが消えた。
 代わりに目の前に車があった。運転席から老人が降りて来て、車の前方を――歩道に向かう方を見て固まっていた。同じ方を見ると、十五メートル程離れた車道のアスファルトにまるゆが転がっていた。
 まるゆさん、と叫んだかどうかは解らない。気が付いたらまるゆの傍まで走っていて、脈を取ったり呼び掛けたりしていた。そしてまるゆを抱えたのかどうか自分でも解らなかったが、いつの間にか歩道に移動していた。
携帯電話はまるゆも自分も持っていない。
図書館まで一気に走った。突然騒がしくなって驚いている司書に固定電話を借り、緊急ダイヤルを入力したところで、違和感が込み上げて来た。緊急ダイヤルの番号を知っているくせに、海の事は解らないでいる自分。
 どうしましたか、もしもし、と電話口の相手の声でやっと現実に帰って来た。
「救急です。図書館の駐車場で、艦娘が車に撥ねられて、それで……」
 声がつっかえた。自分は冷静と動揺の間をうろついている。相手はほのかに、撥ねられたまるゆの意識や脈はあるか、出血具合はどうかと畳みかける様に訊いてきたが、ほのかは答えられなかった。
「……お願いします……」
 それだけしか言えなかった。
受話器を置き、再びまるゆの元へ駆け戻った。まるゆさん、と呼びかけるがやはり応えはない。まるゆの細い体に似合っていた白いワンピースは所々が破れ、肩の辺りから赤く染まり始めていた。
 ほのかがまるゆの胸骨圧迫をしようかと迷っていた時、サイレンの音と共に救急車が、野次馬の海を割って駆け付けた。すぐにストレッチャーが展開され、救急車から降りて来た救急隊員がほのかに代わってまるゆの状態を確認した。警察車両もほぼ同じ時に来ており、まるゆを撥ねた車と運転手の老人を囲んで何やら押し問答を始めた。
救急隊員にまるゆと同じ○○の所属の艦娘であると告げると、一緒に救急車に乗るように促されたのでそれに従う。まるゆの手先は徐々に冷たさを増していた。
「血が足りないなら、私のを使って下さい」
 献血の簡易検査の結果を忘れて、ほのかは救急隊員に告げた。
 その後の事は詳しくは覚えていない。救急隊員が動き回ってまるゆとほのかを救急車に乗せてサイレンを鳴らして走り出した。まるゆが自慢していたワンピースは処置の為に切り裂かれて、ほのかが出る幕は全く無いまま大きな病院に着いた。
一緒に救急車を降りたものの、手術室に入っていくストレッチャーを見送りながら祈る事しか出来なかった。独り廊下に残されたほのかは、手術室の前の武骨なソファに座って時計を眺めるだけになった。
 ほんの少し前までまるゆと二人で笑ったり、図書館で協力して調べ物をしたりしていたのに、それが嘘だったかの様だ。
「ほのか」
 自分を呼ぶ声に気が付くと、提督が制服姿で鞄を持って肩で息をしながら立っていた。
「まるゆが事故に遭ったんだな。……まるゆは、どうだった?」
「……車に撥ねられた時から意識が無くて、頭から血が出てて、ワンピースもぼろぼろになって……」
 まるゆの自慢の白いワンピース、それを染める血の赤。思い出すのが精一杯で、それ以上は言えなかった。
「解った」
 提督はそれだけ言うとほのかの隣のソファに腰かけた。
 それと同時に提督の鞄から電子音がけたたましく鳴り響いた。
「もしもし……ああ、ピンク、黄色、緑の順に付箋を貼っているのが優先順位順だから。緑の方は後回しにしていて良い。ピンクで私のが必要な時は、二人以上で内容を確認してからなら捺しても良い……頼むよ」
 提督はどうやら書類仕事を放り投げてまでこちらに来たらしい。電話から漏れ聞こえる○○の艦娘達の「もう、こんな時に!」「そんないい加減な判子の捺し方聞いた事がありません!」と言う非難の声は、ほのかの方にまで聞こえていた。
 電話が終わると、提督もほのかも何も言わないまま、時間だけが過ぎていった。時折時計の長針が動くばねの様な音が響いた。
「……まるゆは私にとっても大事な艦だよ」
 提督が呟いた。
「うちは陸軍一家だったんだけどなぜか親父が海軍と私的だけど結構深い仲になっちゃって、海軍に勤める事になった。で、海軍って泳げないと意味の無い世界でもあるんだけど、私は全くのカナヅチでね。夏は朝晩学校のプールに忍び込んでビート板持って色々上達法を調べたけど、全っ然上手くならなかった」
 ひと夏掛かって、と溜息混じりに言うが、悔しさや未練の無い溜息に聞こえた。
「で、まるゆに会ったんだ。まるゆはちっちゃい子供みたいな見た目の癖に、訓練では絶対に手を抜かなかった。手を抜かないって言っても横で『出来る出来る! 凄い凄い! もうちょっと、あともうちょっと!』て結構いい加減な激励の言葉をかけてくれてたんだよな……。秋の寒いプールでさ。……最終的には遠泳科目だったから根性勝負だったけど、プールでのまるゆが励ましてくれたから何とか泳ぎ切れた」
 だから、助かって欲しい。私のまるゆはあの子だけなんだ。
そう、提督が語り終えて何分か何時間たったのか解らなかったが、手術室から看護師が出て来てほのかに話しかけて来た。
「K型の血液のストックが残り少ないんです。輸血にご協力して頂けますか?」
 ほのかはすぐに頷いた。まるゆが助かる為なら何でもしたかった。
 ほのかは看護師と共に手術室に入った。手術台に載せられたまるゆの小さな手が少しだけ見えた。あの手が再び動いてくれるなら、何だってしよう。何なら臓器の提供も喜んで申し出られる。それ位の覚悟があった。
 ほのかの輸血から二時間程で手術は終わり、まるゆは瞼を閉じたまま集中治療室に移された。一般病棟に移るまで少し時間はかかりそうだが、手術自体は成功だと医師が言った。
「……私達に出来る事は何も無い。病院の人達を信じて今日は帰ろう、ほのか」
 ほのかは提督に促されるがまま、幽霊の様に立ち上がって俯いたまま歩き出した。
「何かあればちゃんと連絡が来る筈だ。大丈夫だ。それに君は君にしか出来ない範囲で出来る事をやったんだ。もっと胸を張って良い筈だ」
 提督の励ましにも応える事が出来なかった。
 もしも自分がまるゆを頼っていなければ。
 もしも自分に独りで行動出来る勇気があったなら。
 ○○に帰っても、いくつもの「もしも」がほのかの胸を締め付け続け、その夜は眠れなかった。
 
 まるゆが集中治療室から一般病棟に移った連絡が入ったのは、一週間後の夕方だった。その間にもほのかは病院までの道順を調べて、一人で毎日意識の無いまるゆの見舞いに行った。本を読む暇は無く、三日目程で図書館に返却した。
 病室は個室で、医師の案内でほのかと提督が入室すると、まるゆがベッドに横たわったまま小さく会釈した。まるゆは二人を見る直前には虚ろな表情をしていたが、それが少しだけ明るくなった。集中治療室で意識が無い時もほのかが見舞いに行っていた事を提督が言うと、まるゆは泣き出してしまった。
 しばらくぽろぽろと涙をこぼしたまるゆの顔をほのかがハンカチで拭うと、まるゆはもう大丈夫です、と小さく言った。体がまだ思うように動かない状態でも意識ははっきりしているのが、これから回復していけるだろうと言う希望をほのかに持たせた。
「あれ……?」
 まるゆはベッドの中で何かに気付いた様だった。
「隊長さん、まるゆの艤装連絡系がおかしいみたいです……」
「……退院する頃には復活すると思うよ」
「……そう、ですか……」
 そう言ったきり、まるゆは再び瞼を閉じた。
「まるゆさん!」
「落ち着いて下さい、眠っているだけです」
 うろたえたほのかを医師の一言が制した。まだ少し意識レベルを通常に保てないだけだとも付け加えた。
 その後病室を出て廊下で、医師からまるゆの術後経過の説明を受けた。医師は低い声で、艦娘の治療には慣れているが、今回のまるゆの状態は思わしくないと言った。普通の人間なら深刻な脳外傷を負い、更に撥ねられた衝撃で臓器も一部損傷している状態から復活し、何とか健常な意識を保っているのは奇跡に近いが、その奇跡を起こしたのはまるゆが艦娘だったからに他ならない。
ほのかはまるゆと銭湯に行った時の事を思い出した。体に深刻なダメージを受けると艦娘の力を失う話をした事だ。
 胸に鉛を流し込まれた様な気持ちに嫌な予感を感じながら、ほのかは思い切って訊ねた。
「ギソウレンラクケイって、何ですか?」
「神経みたいな物だ。……艦娘特有の能力で、例えば大和級なら乗員三千人分以上の機関や電探やその他の仕事をたった一人でこなせる、私達には未解明の仕組みだ」
 提督が一瞬下唇を噛みしめた。
「まるゆはもう、普通の女の子だ。現在、普通の少女達を艦娘にする技術は無い。艦娘は海からしかもたらされない奇跡の存在だ。まるゆは艦娘には戻れない。怪我と社会復帰のリハビリを終えたら一時保護施設預かりとなるし、その為の法律や福祉支援もあるにはあるが、結局は独りで一般社会に放り出される……」
 ほのかは返す言葉が無かった。提督は艦娘ではなくなった者がどういう扱いを受けるのか知っているから、わざと放り出されると言う言い方を選んだのだ。自分の所為だ。自分がまるゆと一緒に町に出たり、図書館で調べ物をしたいと思わなければ、こんな事にはならなかっただろうに、自分のわがままにまるゆを付き合わせた所為で、まるゆは事故に遭い、艦娘としての力を失ってしまった。
「……提督、お願いがあります」
「何だ?」
「申請とか、本当は必要かもしれませんが、今日はここに泊まっても良いですか? まるゆさんに少しでも付き添っていたいんです……」
「……解った。まるゆも、その方が安心出来るだろう。書類はこっちで何とかする」
 提督と一緒にナースステーションへ行き、事の次第を告げると看護師達も納得してくれた様だった。その後、提督は○○に帰って行った。
 ほのかは看護師に教わって、まるゆのベッドの隣の椅子を変形させてベッドにすると、そこに横たわった。陸に馴染めなかった自分を気遣い、励まし、笑いかけてくれたまるゆに少しでもお返しをしたかった。
「ほのかさん……?」
 まるゆの小さな声が聞こえた。ほのかは身を起こすとまるゆのベッドの脇に座った。
「まるゆさん、大丈夫です。ここに居ますよ」
 ほのかはまるゆの手を握って応えた。自分のベッドを少しまるゆのベッドに近付けて、まるゆと手を繋いで瞼を閉じた。
 三階の良く陽の当たる要らない物の部屋。潮騒の聞こえる部屋。
初めてほのかはそれ以外の場所で眠った。
 
潮騒の夢を見た。
海の記憶だ。
慌ただしく行き交う人々、轟音と爆風、血飛沫、潮飛沫、怒号、悲鳴、刻々と増す傾斜――
 夢だと解っているのに生々しく、まるで自分がそこに居るかの様な現実味があるのに、倒れた人には声を掛けられない。触れる事も出来ない。
 けれども、解る事がたった一つだけあった。
 そうだ。私も艦だったんだ。
 
 まるゆの回復は普通の人間より早く、二週間で退院出来た。それでも車椅子と松葉杖を状況によって使い分ける状態だった。人間ではここまで早く回復出来ないと医師は言っていた。ほのかは艤装連絡系も回復していたら、と期待をしたが、残念ながらそうはならなかった。
 自分が入院に付き添った事でまるゆの力を奪ったのかもしれないと言う不安がよぎったが、提督はそれを察すると、ほのかの顔を覗き込んでは丁寧に事故の所為である事を説明した。まるで教師が生徒に噛んで含める様に言われたが、ほのかの不安は消えなかった。
 まるゆが入院していた間にいくつもの変化があった。
 献血センターからほのかの血液型はK型で間違いないと連絡が来た。そして、どこから聞きつけたのか、艦娘機構の職員が○○に来て、ほのかの艦娘判断の再検査が行われた。結果は戦闘艦娘、しかも大型で重要な戦力になり得る艦だと断定された。ほのかは既に海の記憶も思い出し、自分が名前のある艦である事を確信していたが、それは伏せていた。
 ○○には提督とまるゆの二人しか自分の事を気に掛けてくれる者は居なかった。出来ればその二人にまず一番に、艦の自分の姿を見せたいと強く思った。艦娘機構なんて占い師みたいな部外者に話せる内容では無いと思っていた。
 提督の話では、厳密には艦娘ではなくなったまるゆは本来は民間のリハビリ施設に送られる筈だったが、空きが無かった為、施設の空きが出来るまで○○預かりの身になるとの事だった。
 ○○は車椅子や松葉杖の利用者の使用を想定した造りでは無い為、まるゆにとっても辛い退院生活となるだろうと見込まれていたが、そこはほのかが助けると名乗り出た。
「まるゆさん、退院おめでとうございます」
 ○○で提督とまるゆの帰りを待っていたほのかは、前日から白い花束を町の花屋で買ってきて、逸る気持ちを抑えるのに精一杯だった。一緒に町に行く計画を立てようと言ってほのかの部屋へ来たまるゆの気持ちが今なら良く解った。
 一方で花束を受け取ったまるゆは浮かない顔をして、小さな声でありがとうございます、としか言えなかった。リハビリ施設に行く事が確定した事は即ち、自分が艦娘ではなくなった事を裏付けている証拠に他ならないからだろう。
「まるゆさん、提督。お二人に、見せたいモノがあるんです!」
「急に何だ、ほのか?」
「取り敢えず、こちらに来て下さい!」
 ほのかはそう言うが早いかまるゆの車椅子を押して小走りを始めたので、提督も慌ててそれを追った。
三人は揃って人工の浜辺へ向かった。
「まるゆさん、ここからいつも外の海に出ているんですよね!」
「そうですけど、ほのかさん……。いつもと全然調子が違いますね」
「私、今とても嬉しいんです。まるゆさんは退院出来ましたし、お二人にようやく艦の私をお見せする事が出来るんですから!」
 まるゆと提督は驚き、思わずお互いの顔を見た。
「……ほのか、それは本当なんだな? なぜ検査の時に申告しなかったんだ?」
「お二人にお見せするまで誰にも言わないって自分で決めたんです」
 提督はほのかの言葉に頭を抱えた。
「……私としては早めに報告して貰いたかった」
「……ほのかさん、報連相、ですよ……」
 珍しくまるゆも深刻な顔をした。ほのかは二人の反応を見て、申し訳ない事をした、とようやく理解が及んだ。
「本当にすいません……でも、どうしてもそうしたかったんです」
 提督が小さく、過ぎた事は仕方無いと呟き、俯いた状態から真正面に向き直った。
「ほのかがそこまで言うんなら、私達は見届けよう。君の艦を呼んでくれ」
「はい。しっかり見ていて下さいね」
 ほのかはそう言って、左腕をまっすぐに伸ばして海へ差し出した。艦の記憶がそうしろと命じたのだ。
静かだった海面に光の粒が集まり始める。きらきらと寿ぐ様に。
 まるゆにも提督にも見慣れた光景だった。戦闘・非戦闘艦娘を問わず個別の艦船の召喚時に見られる現象だ。海中にも目に見える程の光の粒が集まり数を増し、まず渦の形を作り、そして徐々に艦の形を成していく。
 全身を包むのが外装甲の感覚。この腕に繋がっているのは砲の類だろう。腹の底から勇気に似た特別な感情が湧いてくる。機関部の感覚だ。そうだ、私はちゃんと艦だったんだ。ほのかは確信するとともに安堵した。
 そうだ、これが私だ。私は××だったんだ。
――縺セ繧九f縺輔s縲∵署逹」縲?療励〒縺吶?り襖縺ィ縺励※縺ョ遘√r諤昴>蜃コ縺帙∪縺励◆窶ヲ窶ヲ(まるゆさん、提督、××です。艦としての私を思い出せました……)
世界が違って見える。振り返ると提督とまるゆがあんぐりと目口を開けているのがおかしかった。
――隕九※縺?※縲∫ァ√?√b縺?姶縺医k縺九i縲∝ソ??縺励↑縺?〒(見ていて、私、もう戦えるから、心配しないで)
 ほのかは二人にそう告げて、人間では不可能な程の膂力で岸壁を蹴り、艦首に降り立った。
 
 ほのかが呼んだ船は煤けた幽霊船だった。深海棲艦――しかも、浜辺の長さいっぱいの巨大な威容ある艦だった。
 艦首に立ち、艦を操りだしたほのかが何かを言っていた。ほのかは深海棲艦の言葉で語りかけていたのだ。完全に海に棲む者の言葉。陸には通じない言語。
「隊長さん! 非番の艦娘さん達に戦う――」
「深海棲艦緊急出現令だな! 言われなくてもそうするつもりだよ!」
 提督はまるゆの車椅子を押して走りながら、すれ違う艦娘達に「深海棲艦緊急出現だ!」と叫んで回った。その言葉だけで艦娘達は全力で海に向かって走り出していた。寝間着に近い姿の者も居たが、彼女達の表情は完全に戦闘の緊張に漲っていた。
数人の駆逐艦級の彼女達は深海棲艦――××が浜辺に居るのを目撃すると、艦を呼び出しながら、召喚現象の光の粒が踊り狂い、砲やアンテナの形を作るより早くそこに降り立ち、示し合わせた様に深海棲艦の左舷に向けて魚雷を撃ち込み、砲弾の雨を叩き込んだ。
――縺ゥ縺?@縺ヲ(どうして)
 やがて、××は艦娘達の連携の取れた集中砲火を浴び、そこから沈み始めた。
――縺ゥ縺?@縺ヲ遘√?謦?◆繧後k縺ョ?溘??縺ェ縺懃ァ√?豐医∪縺ェ縺?→縺?¢縺ェ縺???(どうして私は撃たれるの? なぜ私は沈まないといけないの?)
 私はただ、二人に艦の私を見せたかっただけなのに。
 でも、二人って誰だっけ。
 やがて、上空を幾つもの影が通り過ぎはじめ、その度に水柱が立った。近海で訓練をしていた空母群にも緊急発現令が下され、急遽雷装に装備を変更して飛んで来たのだ。
 窓ガラスが割れ飛び、甲板が一層煤け、所によっては爆炎で焼けたりし始めた。轟沈の恐怖を思い出す。震えが膝を揺らし、思わずへたり込んでしまった。
 一隻の駆逐艦と思われる大きさの艦が××に体当たりをしてきた。そこまでして私を沈めたいのかと更なる恐怖が××を襲った。
――遘√?縲√∪縺溘?∵イ医?縺ョ?(私は、また、沈むの?)
「××(ほのか)!」
 知っている筈の声がした。振り返ると、紺色の制服姿の男が傾斜に負けまいと艦の縁の柵にしがみ付きながら手を差し伸べていた。
「帰ろう××(ほのか)! 今ならまだ間に合う!」
 爆音にかき消されまいと必死に叫ぶ男の声を聞いた××は、不思議な安堵感を感じていた。「帰ろう」と言うがどこに帰るのか、私の居場所は海しかないのに。そう、うっすら思っていたのに、どこかに自分が居ても良い場所があると言う安堵感だ。
 差し伸べられた手を取ると、男は素早く制服の上着を肩から羽織らせてくれた。力強く手を握り返してくれて、もっと強く腕を引いた。
 煤けた幽霊船はその間にも小規模な爆発を繰り返し、傾斜を増し、どんどん歩き難くなっていく。柵が無ければ二人とも海に落ちて、ひしめく艦と艦の間に圧し挟まれたり、航空機からの直撃を受けていただろう。甲板を移動している間、男が落下物から身を挺して守ってくれた事で、××はこれと言った大怪我をせずに済んだ。一方で男は何度も自分の体を盾にしている内に傷つき、シャツも破れて血まみれになっていった。
 やがて体当たりをした艦から渡された梯子に二人は辿り着いた。
「提督! 早く!」
 駆逐艦の艦娘が急き立てた。そうだった。この人は提督だった。××はぼんやりと思った。
「私は良いから××(ほのか)を早く!」
 提督が××を梯子の前に立たせると、打って変わって落ち着いた声音で××に語り掛けた。
「怖いだろうが飛び降りてくれ。艦娘なら捻挫位で済む筈だ」
 その声のお陰か、ふわりと飛べた。三メートル以上の高さがあった気がするのに、甲板への着地も木の葉が舞い落ちる様に自然に、強い衝撃を感じなかった。
 一方で××が飛び降りた駆逐艦の艦娘は、××を見るなり一瞬嫌悪感を顔に載せかけたが、すぐにそれを消し、提督の移動の補助に回った。
 ××の傾斜がどんどん増し、いよいよひっくり返るのも時間の問題だと言う状態になって、提督は梯子を滑る様に伝い降りた。
「××はもう沈む! なるべく離れて爆沈に巻き込まれない様に――」
「それなら、我々はもう本艦を捨てて、陸の建物まで走りましょう!」
「それが良いな!」
 提督と艦娘のやり取りをぼんやり聞いていた××のもとへ、提督が梯子を担いで駆け寄って来た。
「まだ逃げるぞ、××(ほのか)!」
 提督はほのかの手を取って岸壁に一番近い艦尾部分まで走り、××本艦から一刻も早く遠ざかりたいと言う様に梯子を掛け、まず自分が伝い降りて、梯子の足元を固定した。××に続き、体当たりして来た艦の艦娘も飛び降り梯子を捨てて、喚んだ艦をきらめかせながら光の粒にした。
「急げ!」
「解ってます!」
 提督が××の手を取りながら、艦娘も急き立て、ようやく一番近い鉄筋コンクリートの建物傍まで来た時――
――提督は××と艦娘を建物の奥に突き飛ばして爆風に吹き飛ばされ、
――幽霊船××の艦橋が海に触れたと思われた瞬間に、
――雷装の飛行機達も煽りを食らって操縦不能になり、
――まばゆい光の波と爆風と揺れが○○全体を襲った。
海に面した窓ガラスは吹き飛び、鉄筋コンクリートとは言えそこそこの年数を経た建物自体にも激しい振動と共に無数のひびが走った。取り敢えず補修していた個所や木造トタン張りの倉庫や自転車置き場はひとたまりも無かった。
 ××に横付けしていた駆逐艦や、同じく××と戦っていた艦達も爆風と光の煽りを食らい、波に弄ばれて陸に叩き付けられた。強い衝撃で戦意を失った艦娘達の呼んだ艦は召喚現象と逆の順序を辿り、光の粒となって消え散っていった。
 光の粒の波と、爆風に乗って飛んで来た潮しぶきや土埃が、提督に、ここが一番安全だろうと言われて○○の門の外まで避難させられたまるゆにも、とんでもない事が起こってしまったと認識させた。
 
提督は沈む××からほのかだけを助け出す事に何とか成功した。そして爆風で吹き飛んだ際には火傷や骨折を両手の指では足りない程負い、入院する事になってしまった。提督の他にも数人の艦娘達が艦ごと陸に叩き付けられた衝撃で、やはり入院する事になった。提督は、自分が居ない間は同期の出来るヤツが来るから大丈夫と笑ってはいたが、艦娘達は今生の別れの様に惜しみ、代理の提督の事は頭に無い様だった。
ほのかが深海棲艦××だった事はその日の内に○○中に知れ渡っていた。
そして半日もせずに代理提督が慌ただしく着任した。非常時に付き着任の式典は一切行われなかったが代理提督はそれでいい、とぬめるような声で言った。
「これからここ、○○は復興するまで戦場と変わりない状態になるが、皆、耐えてくれ」
 着任の挨拶はそれだけだった。
 ××の処遇も代理提督の下、直ちに決まった。○○が出来てから年末年始の大掃除以外一度も使われていない地下室に、二十四時間目隠しと手錠をした上で見張り付きで閉じ込められる事になった。
 今や○○は本当に、文字通りの戦場だった。非番の艦娘達だけでなく近場の鎮守府や泊地、更には漁港の艦娘達にも応援を呼んで本来の戦闘能力を取り戻すべく、昼夜を問わずがれきの撤去作業や怪我人の手当てに炊き出しを行い、狭い寝床で順繰りに眠る生活が始まった。
 その世界に於いて、車椅子で艦娘でもなくなったまるゆの存在は一言で言って邪魔であった。
 代理提督が○○に着任した翌日の午前に、まるゆは代理提督に呼び出された。
「君のリハビリ施設についてだが、隣町の専用施設に空きが出来たので、明日にはそちらに行く事になる。荷物を纏めてくれ」
 代理提督はそう手短に言って、また書類仕事に戻った。
「……ほのかさんは、どうなるんですか?」
「××の別名か? なかなか的を射た名前だな。君と一緒な訳が無いだろう。まだ審議中だが、内陸部に送られる可能性が高い」
 まるゆとて、ほのかが一緒に行動してくれるのは無理だろうとは想像していたが、突き放す様な代理提督の物言いに徐々に怒りが湧いて来た。
「ほのかさんは艦娘なのに、なぜ内陸に行くんですか? 私みたいに陸軍所属だった訳でもないのにですか?」
「君も直に見ていたんだろう。あれは深海棲艦だったんだ。今は海にまつわる些細な事でも思い出させない様に苦労しているんだ」
「ほのかさんが行くのは、内陸のどこですか?」
「まだ決まっていない。一つ解る事があるとすれば、君にK型血液の提供が出来ると言う事は他の深海棲艦にもその可能性があるから、その研究に貢献する事になる可能性が高い。世界初の人類の理解出来る言葉で喋る深海棲艦だ。貴重なサンプルになるだろう」
「実験台って事ですか!」
 まるゆはとうとう叫んだ。
「君も結構な熱血漢な所があるな。あいつと似ている」
 代理提督は受け流した。
「アレは『記憶の無い者達』だ。深海棲艦だったんだ」
「記憶が無ければ、名前が無いなら、何をしてもいいんですか!」
 まるゆは精一杯凄んで力を込めて言った。そうだったら、ほのかと名付けられる前の彼女は、この陸の世界で切り刻まれても文句すら言えなくなってしまう。
「君に出来る事は何も無い。君は普通の少女なんだ。本来、ここに居てはいけない存在だ。解ったら荷物を纏めろ」
 代理提督も苛立った声音になった。まるゆは尚も噛みつこうとしたが、隣の机で作業をしていた秘書艦が代理提督の苛立だしい気配を察して、まるゆを車椅子ごと執務室から追い出した。
 廊下に追い出されたまるゆは怒りの余韻に震えていたが、どうしようも出来ない虚しさに徐々に支配されると、やがて車椅子の向きを変えてのろのろと歩き出した。
 まるゆは悔しかった。艦娘でなくなった事だけではなく、折角出来た友人までもが消された事が歯がゆくて堪らなかった。別段、ほのかをどうにかできる権力がある訳でも、艦娘に戻る奇跡を起こせる力がある訳でもない。その事が己の非力さを際立たせている気がして、一層悔しくて堪らなかった。
 涙が頬を伝う。それを拭ってくれる者はもう居ない。自分で拭くしかない。
 ふと、貰った白い花束はドライフラワーにしようと決めた。
 廊下を渡り終えて棟の外に出た。まるゆは車椅子から立ち上がると、松葉杖を取って、半分壊れた自室に向かいながら空を見上げた。晴れているのに鈍色をした海と空。もうこの景色ともお別れだ。
 ××が、いや、ほのかが行く所に自分も行こう。まるゆはほのかとの約束を思い出してそう思った。ほのかが居なくならないと言ってくれたなら、自分もそれを守らなければならない。
 
 了


あとがき
■「たる屋」様の描かれたまるゆと大和の同人誌に強く影響されてこのお話が出来ました。
■でも「強く影響された」と言う割には艦娘達の置かれた状況がシビアだとは思います。
■ゲームや夢小説みたいに○○や××には任意の地名や艦名が入るようにしたかったのですが、出来ませんでしたw 「あなたの所属鎮守府は?」→○○。「あなたが最初に亡くした艦娘は?」→××。……そんな風に。
■深海棲艦語文字化け表記は『訳アリ心霊マンション』からパ……アイデア貰いました。
■プロット帳を見ると、最古のプロットが2016年なので、2.5万字に五年以上ああでもないこうでもないと振り回されていたのです。『The Dawn』は一ヶ月か二ヶ月程度で書けたんですが。
■最初は深海棲艦の中で一番好きなヲ級の話にしようとか思っていましたが、なぜか自然とまるゆが出て来て、なぜか自然とその後の流れが出来ました。
■最初の内は深海棲艦だけではなく艦娘も医療資源と見做されるオチにしたかったのですが、「それだとシビア過ぎる」と助言を頂いて今の形になりました。
PR

この記事にコメントする

お名前
タイトル
メール
URL
コメント
絵文字
Vodafone絵文字 i-mode絵文字 Ezweb絵文字
パスワード