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なば
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非公開
趣味:
読書・ふらりとどこかに行く
自己紹介:
絵を書いたり文を書いたり時々写真を撮ったり。
コーヒーとペンギンと飛行機が好き。
twitter=nabacco

三国志大戦関係
メインデッキは野戦桃独尊、独尊ワラ。君主名はなばーる。
MGS関係
白雷電が大好きです。以上。
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航空関係のプロジェクトXな話が好物です。

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World Alone 3

注意書き

公式は『MGRR』ですがこちらはお蔵入りになった「MGSR」時間軸想定です。
■雷電一人だと話が進めないので創作人物が出てきます。ご注意下さい。
■月に一度、何かを更新できるようになりたいです。……とか言う書いてる奴の言葉を信じようか、と言う方は月末に更新チェックされる事をお薦めいたします。こんな僻地に来られるリピーターの方々、色々申し訳ございません。



そんな調子の話でも宜しければ、「つづきはこちら」からどうぞ。
 フーに殴られて気絶したオーサンは意識が回復すると、部屋のベッドを雷電に譲り、自分は事務所の椅子をベッド代わりにして寝袋で寝た。フーも近くに家があるらしいが、そこに帰らずにガレージで待つと言った。
 そうしてカレントの連絡待ちの体勢を取り、ガレージに閉じ籠もって二十四時間は優に経った。雷電は生体部品のパックの節約の為に、オーサンのベッドでごろ寝を続けた。雷電は自分の事がニュースになっていないか気になり二人にテレビや新聞のチェックを頼んだが、それらしい情報はゴシップ紙にもネットの噂にも見当たらなかったらしい。フーがCの遺した金の使い途について相談しに来たが、全て旅費に充てる事で解決した。フーもオーサンも仕事が終わり次第、現金払いで経費込みの報酬を貰う約束らしい。顔すら知らない死人の金に手を付けるのは嫌だという二人の意見だが、今は使える物は全て使ってしまえと雷電が結論づけた。
 そんな話を交えつつ、ただただ待つ。天気予報通りにならない空を恨む様な遣り場のない虚しさが憂鬱で仕方がなかった。
「どうだ雷電、腹減ってないか?」
 荷造りを終え、新聞にも目を通し、状況に飽いたのか、フーが様子を見に来た。
「あんたこそ。微熱があるみたいだし、トイレに居る時間が長い。耐えられるのか?」
「何見てんだよ、変態」
 自然と聞こえてくる音波や赤外線感知で状態を知った、と言うとフーは聞き耳立て過ぎるのもどうかと思うぞと返した。
「そうじゃない。これが俺の今の普通の状態なんだ。……そう言えば、オーサンがあんたの事を病気だって言っていたが?」
「ああ、……まあ、そんなもんだな。俺は湾岸戦争帰りで、劣化ウラン弾が原因と思われる色々な病気持ち。あれこれ治療費がかかって迷惑掛けたくないから独り暮らしする事にした。オーサンは子供の時に親兄弟亡くしてクニを捨てたらしい」
「思われるって言い方は何だ」
「正式に劣化ウラン弾と俺達の色んな病気の関係性が立証できていないから、そう言わざるを得ないんだよ。オーサンがネットで昔の部隊の知り合いいっぱい探し出して、やっぱり何だか懐かしくなって連絡してみたけれど、ガンとか、白血病とか、暗い話ばっかりだった」
 オーサンはふざけながら自分に家族は居ないと言っていた。俺もフーも彼も皆世界に独りで、親子だからとか親戚だからと言う理由で頼れる人間はただの一人も居ない、と雷電は思った。思えば、これから助けに向かう予定の子供だってそうだ。あの子も世界に一人取り残されている。
「そうだ、オーサンに家族が居ないのは、やっぱり戦争でか?」
「いや、原因は天変地異としか教えて貰えなかった」
 オーサンは肝心な所をいつも話さないし、どれだけ凄んでも絶対に口を割らない。それも普通の人間が相手ならの話だと思う。拷問や自白の強要には耐えられまい。多分オーサンは家族を失ったとは言え、戦場みたいな異常状態に放り込まれた事も、袋叩きに遭った事もないだろう、詳しく身の上話を聞いても多分何も出て来ない、とフーは結んだ。
 フーは雷電の身の上について一切訊いてこなかったし、詳しく自分はいつどこの戦場に居たとは言わなかった。一歩兵の話はやはりどこも似たような物だろうか。砲弾の風切り音や横で唐突に倒れる同僚とか。雷電も自分の体験を語る気は無い。互いの話の種が尽きた沈黙が続き、やっとフーの方から声が掛かった。
「……なあ、ライデンって、どういう意味だ?」
「俺が聞いた分では、日本が大昔作った戦闘機の名前とか、雷鳴と稲妻とかいう意味らしいんだ」
 その昔、雷電という単語が飛行機の名前になり、敵方のアメリカ軍がそれを見た時に「ジャック」と識別名を与えた。雷電は二年前に既に自分のコードネームが、ただの音の連なりとしてではなく、意味を備えた響きを持っていると知っている。それは兵器としての意味を込めて与えられた意味だ。それを肯定したくて名乗っているわけではない。今まで与えられた名前の内、一番今の自分らしい名前だとしか思っていない。
「どう書くのか、知らないか?」
「そういうのならオーサンの方が詳しい。あいつそれで飯食っているような物だし」
「あんたはアジア系みたいだが? それに、オーサンの仕事って何だ?」
「俺はチャイニーズの何代目でメイドインアメリカで名前だけが名残。ああ、オーサンの仕事な。奴の仕事は車にしろ人間にしろ漢字で格好良い字を入れたい奴の相談に乗って、それをデザインしてやる事と、まだ半分俺が手伝っているけど、スプレーでそれを書いてやる事だな。後、俺が出来ないパソコン業務」
「そのオーサンはどこの生まれなんだ?」
「中華街やコリアタウンでもないのは確かだが、これも教えてくれなかったな」
 首突っ込みたがる癖に、首を突っ込まれる事は物凄く嫌がるんだよ、あいつ。でもってのらくらしているから余計に話を聞き出せない。さっきと大体同じ事をフーはぼやいた。バッテリーの上がったトラックを助けてくれるまで、オーサンは小さなバイクでアメリカ中をほっつき歩いていたらしい。しかもどこで手に入れたか永住権まで持っている。変な奴。実は歳も知らないが、年増好みの様だから女の子には手を出さないだろうと思われる。
 そんな奴を呼んでくる、と言い残して部屋を出た。壁の向こうから雷電がご指名だ、とフーの声がした。店長何話したんですか頼むから店長が対応しててよ、と泣きつくオーサンを引っ張り、二人でこちらにやってきた。
 半開きのドアの隙間からベンチコートのオーサンが押し込まれ、フーの方はごゆっくりどうぞ、と冗談を飛ばしてドアを閉じた。なんでこんな事になったんだと、うんざりした様子で溜息を吐きながら、オーサンが顔を上げた。
「オーサン、何してたんだ?」
「昨日までの帳簿の確認と、昔の知り合いに電話したりとかです」
 そう言えば、オーサンに関する事は全部フーから既に聞いてしまっているし、自分が訊いたところでフーにも話さなかったという昔話もしてくれないだろうと思った。雷電が黙っていると、オーサンは机の上の煙草に火を点けて灰皿に戻した。吸うつもりはまるで無いらしい。放ったらかしになった煙草はじりじり燃え続け、天井に次第に煙が溜まってもやが掛かり始める。オーサンはそれを椅子に座って見つめている。灰皿の横にはカレントと会話をした時のままのノートパソコンがある。電源は入ったままだ。
 何から話そうと思ったが、フーから聞いたオーサンの悪口の方が、オーサン本人と話すよりも情報に満ちていた。結局、フーが答えられなかった話題の続きとなった。
「……なあ、フーに聞いたんだが、漢字が書けるんだって? 雷電ってどう書くんだ?」
 オーサンは生返事をして紙と筆記具を探し、雑誌の余白に何かを書いた。
「雷」「電」
 しばらくしてボールペンを見付けたオーサンは、四角形の集まりの様な模様を描き、最初に書いたのがライ、後に書いた物がデンと発音する、と教えてくれた。
 「電」の字は一見「雷」に尻尾が生えた様に見えるが、字の成り立ちや意味からして違っている。「雷」のは遠雷・落雷等の「轟く」音を示す、また、転じて「名声が広く知れ渡る」という意味もある。「電」は下半分が元々は別の字だったが、いつの間にか変化したものの意味は引き継がれている。雲と地面の間に光る光の筋の事、あまりにも速い事、あまり使わないけれども「明るく照らす」という意味もある。
 共通部分の上半分の「雨」の字は下半分に意味を与える記号でもあり、文字でもある。そして下半分が上半分に発音を与える。そうして大体の漢字は成り立っている。「雷電」に共通する部分は天候に関係する漢字に共通している。単体での意味は雨、天から降る物、恩恵などの例えである。
「……なぜそんなに詳しい?」
「書道やってたからです」
「そりゃ格闘技か?」
 途端にオーサンがこんな事言う人初めてだ、と言って腹を抱えて笑った。ショドーで強くなんかなれないよジュードーと違うもんあっはっは。馬鹿にしているつもりはないらしいが、説明も無しに笑われると不愉快である。オーサンもそれを気遣ってか何とか笑うのを止めようと必死に、背筋を伸ばし、深呼吸して息を止め、何とか落ち着こうとしながらそれでも吹き出す、と言うのを何度か繰り返した。
「……えーと、お客さんがね、自分の名前が飛行機の名前と一致するからって言う理由と、それと後、格好良いの理由で注文が多い。いっぱい説明したから、メモ見なくても全部説明できるようになったでした」
 笑い疲れたオーサンがひーひー言いながら理由を付け足して説明してくれた。そして、折角だからサービスする、と言ってオーサンは部屋から出て事務所の方に帰ってしまった。何かフーと話し合う声がする。何やらプレゼントを取りに来たと言うオーサンの声と、行きずりの人間にお前がやれるような物なんか持っているかよというフーの声と、古いプリンターががたがたと動き出す音が聞こえた。パソコンの画面か、印刷物を見たのか、フーが内容に納得したらしい声がした。そして、両面プリントアウト紙の束を持ってきた。紙の一部に「雨」の字と英文が書かれているのが見えた。
「俺の仕事、下調べが長い割に貰えるお金が少ないから採算取りにくいって、店長によく言われるんですねー」
 でも良いじゃないの、嫌な事やって大金持ちになるより気分はすっきりする。前の仕事をそのまま使える事もある。
 雷電から見ると二人は色々な面で対照的だと思った。フーは家だとかアイデンティティやバックグラウンドを持ちながら、捨てざるを得なかった。しかしオーサンは元来それらを持っていない様に思えた。でももしかしたら、フーとは逆に、奪われてしまったから最低限の物を持ち歩く程度に留めているタイプなのかも知れない。
 オーサンが空になった煙草の箱に紙を折り畳み突っ込んで、雷電に投げて渡した。煙草の空箱はどれだけ軽かっただろうと思いながら、放物線の途中で雷電はそれを受け取った。手の中に何の手応えもなく感じた。しかし、そこにはオーサンが何かの意味を込めた紙箱が収まっていた。
「……カレントとの話で大人の責任とあんたは言っていたけれど、あんた自身は大人ってどんな奴の事を思うんだ」
 フーと比べれば一見空っぽのオーサンにも、少なくとも自分よりはマシな家族は居ただろう。雷電はふと、そう思った。
「うーん……それ凄く難しいですなぁ」
 オーサンは机に戻って短くなった煙草を灰皿に押しつけて消し、何の変哲もないアルミ色の灰皿と白い吸い殻をじっと見た。煙草の銘柄は「Peace Lite」。小枝を咥えた鳩が飛ぶ。旧約聖書のノアの箱船の鳩だろうかと思った。
「……そうだ。逆に考えてみた。子供を「大人に比べて何も出来ない・知らない奴」と思うなら、大人と言えるのは子供に何かを教えたり出来る奴の事だと思うけど、どう?」
 漠然とした答えに雷電は賛成も反対も出来なかった。ずっと他者の意思に振り回されて生きてきた自分は、オーサンの理屈で言えば「大人」ではないと思っただけだった。
 表情を変えずにオーサンをただ見ていたら、話の続きを促されていると思ったのか、オーサンが理由を語った。この世は大人の為の世界だから、子供を大人に仕立てなければいけない。そこで教育を施す。けれどもそれが正しいかどうかは解らない。大人一人一人のブレが激しいからだ。でもいずれ子供は、子供なりに正しさを見付けて大人になっていく筈だ。誰かを守ったり、助けたり、教えたり。それが、いずれ誰でも出来るようになっていく筈だ。
 あれこれ迷いながら話すオーサンの話に、記憶の底のジャック・ザ・リッパーが反抗して喚いている感覚がした。自分の意思で思い出さないようにしているのか、脳内のナノマシンが回想を抑制しているからかどちらか解らない。ただ、オーサンの言葉がちりちりとした疑問を熾している。あれこれ考えても疑問が小さ過ぎて言葉に出来ないほど漠然としていたから、雷電は「ジャック・ザ・リッパー」をそのまま投げてみた。
「あんた少年兵問題って知っているか?」
「ごめん知らない」
 オーサンの即答に肩すかしを食らいながら、暢気な奴も居るんだと世界の広さを感じた。簡単に戦災孤児が大人に強制されて銃を持ち、大人の様に戦わされる事がある、と説明すると彼は嫌な事を考えつく奴はどこにでもいるもんだなとぼやいた。
「そんなの子供じゃない。そんな事させる大人も大人じゃない」
「昔は戦争するにも技術が必要だったしな。産業革命の頃炭坑や工場で働かされていた例もあったらしいが、戦場は第二次世界大戦後にやっと出て来たらしい」
「すいません質問です。今は戦争するのに技術は要らないの?」
「……頭数合わせなら、カラシニコフ銃が扱える様にちょっと教えてやるだけで良い。何もかも没収した上で銃を渡す。人の助け方を一切教えずに殺す事だけを徹底的に教え込む」
 子供が正しい大人になる為には、とオーサンが呟いたきり黙り込んだ。
「……俺が言えた口じゃないけどね、そんな子供が居るんだとしたら別な価値観を持った大人が早く助けてやってあげるべきじゃない? ……うーん、納得できないよね雷電、結局これは他の大人の力頼みだものなぁ」
 話を振られたからには雷電を納得させなければと思ったのか、オーサンは勝手にああじゃないこうじゃないとぼやき続けた。オーサンの悩み考える声を聞かない様、雷電は聴覚を最低限まで絞った。そうすると今まで聞かされた言葉が自分の中でこだました。
――信じるものは自分で探せ、そして、
――自分捜しでもしてみるか? 幾ら捜してみた所で何も無かろうけどな。
――非力な事は不自由な事でもある。
 死んでいる訳じゃないから生きてきた。普通の人間になる方法も、結局自分が何なのかも解らないまま、どういう筋書きでか、なぜかも今生きている。
「オーサン。俺は子供か?」
「は? 大人じゃないですか何言って居るんですか。いやもしもあなたが本当は十歳なんだとしても、見た目の問題じゃなくて、言い出した事を実行すべきと決めた事。これ重要です」
 不意に投げられた問いに、オーサンは滑らかに答えた。
「あんた等の支援無しには出来ないかも知れないのに?」
「それはそれこれはこれ。俺も十七から今まで本当に独りぼっちの生きられた訳じゃない」
「……ありがとう」
 何が、と眉間にしわを刻んだオーサンがまた勝手に悩み始めたのをよそに、ノートパソコンのスクリーンセイバーが白い画面に切り替わり、電子音が鳴った。音程も何もない長短の信号が繰り返される。
「店長!」
 待ちに待った連絡がとうとうやって来た。女の子は果たして無事なのか、スネークは元気なのか、自分はこれからどんなルートをどう辿ってどこへ行くのか。その一部か、または全てが解る唯一の手がかりがようやく返事をした。
 オーサンに呼ばれたフーが駆けつけ、雷電もベッドから身を起こし、パソコンの前に吸い寄せられる様に集まった。
「パズルです、どうぞ!」
<こちらカレント。ちゃんと良い子にしていたか>
 オーサンの待ちわびた声音と対照的に、相手の声は静かだった。
「ふざけるな、どれだけ待たせるつもりだったんだ!」
<そちらの要求通り、ソリッド・スネークと連絡を取っていた>
「どう? どうだったんだ?」
<スネーク達も方々手を尽くしている様だった。ただ、目的地への距離を考えると、君達の方が近いし、顔を知られていない者も居るから好都合だと思われる。入念な準備はした物の、どうしても単独での救出は困難を極めると嘆いていた。そこへ、君達からの連絡だ。互いに、運が良かったな>
 カレントは更に、子供の詳細な居場所が判っている事や地図などの内部資料もスネーク達は用意していると続けた。現在の回線で送るので、そのデータを参考にして作戦を立てて子供を助けてやれ、と言った。会話しかできない様にしたからデータを現在のパソコンで開く事は出来ない。外部メモリを持ってきて挿したらそちらに送る、と言った。オーサンがすぐにUSBメモリを取ってきてパソコンに挿した。
<それと、スネークが君に会いたい、話をしたいと言っていた>
「それは……」
 予想もしていなかった返事に雷電はまず驚いた。生きているのなら会いたい。元気でいる姿を見てみたい。しかしスネークが自分を見たら何と思うだろう。
 自分は真っ当に生きられませんでしたと言っているような風体だ。
「……御免だ」
<どうして。滅多な事じゃないぞ。どちらにしろ子供を救出した後引き渡すのだから会わざるを得なくなると思――
 何の予告もなく部屋が真っ暗になり、同時に雷電には変な電波が聞こえた。
「待て動くな!」
 ブレーカーの様子を見に行こうとしたらしい二人を制し、鋭く言った。訳が解らず固まっている二人を尻目に雷電は長ブレードを手にし、低い姿勢で窓を探した。
 オーサンの部屋を出て左手には鉄の非常扉と台所、便所しか無かったはずだから、右へ折れる。電波は相変わらず聞こえてくる。耳鳴りの様な弱い電波だが、あらゆる周波数でこちらを窺っている。事務所の大窓のある部屋の向こうが発信源の様に思えた。
 壁伝いに窓に寄ると、足音を忍ばせた駆け足で二人が近付いて来た。止まれ、座れ、喋るな、の雷電のハンドサインをフーが翻訳してオーサンに伝えた。
 何とはなしに、窓の一番下のブラインドカーテンに三人同時に手を掛け、外を覗いた。
「あ、電線切られてしまっているです店長」
「あぁ? つか雷電、ありゃ何だ!?」
「お前ら黙ってろ」
 街頭も無い街外れのアスファルトの広場に、真っ黒い何かが居た。
 オーサンとフーには、半分に欠けた月明かりと溶け残った雪の照り返しで、ようやく、うっすらとそれが見えた。二人の驚愕と恐怖が脈拍の乱れを介して雷電には解る。可視光に限定すると、アスファルトに脚をめり込ませ、低い姿勢でこちらを見ている何かが居るとしか解らない。太い脚にはスパイクがあり、頭と目立った前肢が無く、尾のやたらと長い巨大な鶏の様な形をしていた。どういう意図や感覚がこんな形を導き出したのかと考えるのすら気味が悪い。
「……あれ恐竜ですか?」
「違う」
 場違いにも甚だしいオーサンの問いだが言われてみれば似ている気がする。喉もないのに電波と超音波で唸っている。威嚇ではない。やたらと「うるさい」のは辺りを探りたがる実験体の「イェール」の証拠だ。「三人居る」事だけは既に解っているだろうから、今度はどう動くかを待っている様だ。
「あれは、追っ手だ」
「あんた、まさかあれと戦うのか?」
 フーが早口で囁く。雷電は頷くしかない。ここから旅立つ為には、こいつの息の根を止めなければ安心出来ない。
「オーサン」
 オーサンは黙って手を挙げた。心音が早まっている。
「俺の荷物の中に信号銃がある。装弾済みだ。あれの止めを刺すのに使える。ここから離れた場所まで……道路や街から死角になる所まであれを誘導する。持って来て欲しい」
 フーではなくオーサンを選んだのはただ若いからと言う理由だけあった。それに寒気に晒されて何かの発作を起こされても困る。ただオーサンは頷いた。腰を浮かして移動しようとして、思い出した様に携帯電話をフーに押しつけた。
「こんなの持っていたってお前等がもう一台持ってなきゃ――」
「多分オーサンは携帯を電波の囮に使いたいんだろう」
 けれどもイェールには「人間Aが人間Bに電波を発生する何かを渡した」とばれているだろう。オーサンの動きは遅い上に、ベンチコートがこすれる音が耳障りだった。フーが脱いで動けとささやき声で怒った。味方がイェール以上にやかましい。
 オーサンが事務所を抜け出して部屋に戻った。停電から十分も経っていないだろう。雷電は微動だにしないイェールを見張った。相手は仕掛けて来ない。ただじっと待っている。
「奴さん、自分が陣取っていたらこっちが出発できないの知っていて動かないみたいだ」
「そんな風だな」
「頼むから、ここはなるべく壊さんでくれよ?」
 俺の唯一の持ち物だからな、とフーは念を押した。
「努力する」
 地べたには既に罠が仕掛けられているかも知れない。何とか外に出る方法はないかと考えたが、事務所から出る良い案は思い当たらない。
 廊下に戻り、非常扉から出ても同じだ。ガレージの方はどうだったろうか。
「ガレージから外に出るには?」
「シャッターとその横のドアしか無い」
「それ以外は?」
「窓があるが、お前さんじゃ通れない」
 取り敢えずガレージに向けて移動した。壁一枚向こうから、イェールの重々しい足音も付いて来る。途中、廊下で雷電の私物を詰めたリュックサックを背負ったオーサンにすれ違った。今渡さなくて良いかとの問いに、中身をちゃんと確認して後で持ってくるようにと言いつけた。
 フーの言った通り、ガレージの出入り口はシャッターと脇の扉、そしていくつかの窓しかない。窓ガラスは網目状のワイヤーで補強されていた。簡単には破れないだろうし、割れば高くつくだろう。上はトタン屋根と鉄筋とそれに絡む配線があるだけだ。
「中二階は?」
「無い」
「フー。申し訳ないが、罠が仕掛けられている可能性もあるからあいつと同じ地面をすぐに踏みたくない」
「待て、おいこらまさか――」
 跳躍、真上に。抜刀、眼前に迫る波打つ板に十字に切れ目を入れ、その真ん中を突き破って青白い冬の夜に飛び出した。呼気が白い。眼下には巨大な首無し鶏。
 全ての電磁波と音波に耳を澄ませるが、ラジオやテレビの物と思われるノイズとイェールの唸り以外に聞こえるものはない。工場周りのアスファルトの上に熱や音波で確認した限り、トラップは見当たらない。単に心配し過ぎただけだった様だ。
「フー! オーサンに路面に罠はないと伝えてくれ! 安心していいぞ!」
 屋根を破った刀を鞘に戻しそう言うと、代わりに、うるせえ修理代寄越せ、とフーの怒鳴り声がした。
 急な運動や脳の活動部位の変化を読み取って、演習で世話になった補助ソフトが起動し、索敵や電波・音声の解析を始めたが、当てにならない数値かエラーしか来なかったので、邪魔なだけだと思いOFFにした。わずかな明かりと電波を頼りに動く影のイェールを見定めて殺さなければならない。
 まずは相手を動かして様子を探るしかなかった。
 屋根を走り跳躍、工場の向かいの空き地に降りると、イェールが追って来た。このまま道路伝いに逃げてどこかで止めを刺そう。どれだけ時間が掛かるか解らないが早くやってしまえ。





■多分来るであろう質問「なぜここで戦うのか」。
A:サニーちゃん救出の前に敵サイドからの接触を挟みたかった。挟む事で何が起こるか変わってくるので。
■2013/2/19(WA2)更新分が前半で今回のが後半という構成にしたかったんですがすいませんもう少し引っ張ります。本当にすいません。
■「公式MGRR内容を知ってもへこたれない!」とか思ってましたが、へこたれる代わりにあれのその後に思いを馳せ始める馬鹿が居ます。
■ついでにブレードウルフのお話とか書いてみたいですとか思う馬鹿が居る。
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