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なば
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読書・ふらりとどこかに行く
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絵を書いたり文を書いたり時々写真を撮ったり。
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メインデッキは野戦桃独尊、独尊ワラ。君主名はなばーる。
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フォーメーション・ファミリー 前編

注意書き

・SR魏延×UC馬岱(女体化)です
・諸葛亮陣営の扱いが酷いです
・三万字近くあります
性描写があります。できれば18歳未満の方の閲覧はご遠慮下さい
・投稿字数制限の都合で前後二章立てになりました。こちらは前編です

以上の事を踏まえて、ご了承いただける方のみ「つづきはこちら」からどうぞ。
フォントサイズが大きくなります。

-----〇

 胡蘆谷に雨が降っている。冷たくなりつつある、秋の気配のする雨だ。
 雨は土を、至る所に転がっている人馬の死体を、そしてそれらの合間を縫ってとぼとぼ歩く鹿毛の馬と赤毛の男を等しく濡らしていた。
 周囲には焼けた人間の匂いと熱気が充満し、足下には斬られたり突かれたり、押し潰されたりして死んだ敵味方の兵士の死体が累々と転がっている。
 馬はそれを出来るだけ踏まないように、時折不規則に歩幅を縮めたり広げたり、ふらつきながら歩き続ける。
 周囲にはまだ火計の名残の熱と火が残っている。あの炎の中で、よく愛馬は落ち着いてくれた物だと思う。
 進路も退路も断たれ魏軍もろとも焼かれそうになったのは、ほんの数刻前だった。
 道を塞がれた絶望感と同時に、死なば諸共だという半ばやけくそな気持ちが沸き上がってきた。一緒に隘路に閉じこめられてしまった兵士達に、貴様らは何とかして逃げろと言い残し、声の限りに叫んだ。
 ――蜀軍随一の猛将、魏文長の首級を獲れる者は居らんか!
 単騎、恐慌状態の敵軍に突っ込み、敵兵をぶった斬った。
 何人かが勇ましくも一矢報いようと槍を突き出し、剣を振りかぶって向かって来たが、どれもこれも斬り捨ててやった。斬って屠って突いて叩きつけて殺しまくって、気が付いたら動く者が居なくなり、雨が降っていた。
 世界が静かだ。いや、もしかしたら自分は死んでいて、ここは既にあの世なのかもしれない。自分専用の。
 愛馬が歩みを止めた。
 何があるのだろうと思って顔を上げると、白髪がいた。兜も被らずに素のままの首を雨に濡らしている。血と泥にまみれた自分とは対照的に、服装に乱れも汚れもなかった。
 この世界に愛馬と自分以外が居ると思った途端、体に感覚が蘇った。脚が痛かった。見てみると、脛に短剣の先らしい物が刺さっていた。
 肩が痛い。上腕が重い。腕が限界だった。大刀を握っているのも精一杯だった。
 思わず、手のひらから力が抜けた。がしゃん、どさり、と重い音を立てて、大刀が地面に落ちる。
 愛馬が音に驚き、嘶いて足並みが乱れたせいで均衡を保てず、落馬した。立っても座ってもいられなかった。疲れが足下から這い上がり、背骨を侵し、頭に至ろうとしている。
 白髪が何かを叫びながら駆け寄ってきた。愛馬が鼻面で、なぜ起きないのかと言いたげに脇腹の辺りを突いている。
 その行動も、夢のように感じられた。
 気が付けば白髪が赤い布を裂いて、包帯代わりにして手当をしていた。自分をのぞき込む顔は不安と焦りであふれている。
 腹の底で万感が絡み合い、もつれ合っていた。絶望、安堵、怒り、疲れ、眠気――。その中でも一番小さいのに黒々しくのたうち、他の感情を圧倒して脹れあがり、脳髄に這い上がってきたのは蜀軍最高指揮官に対する疑問だった。
 なぜ彼はこんなへまを、自分を殺しかけるなんて失敗を犯したのだろう。
「なぜだ」
 声が漏れた。ただ呟いただけなのに、白髪の手が止まった。
 何がそんなに恐ろしいのだろう。


-----一

 裸に剥かれた白い上半身に、屈強な兵士が太い杖を振り上げては、その回数を数えながら叩きつける。一打毎に、杖に血がまとわり付き、湿った音を立てた。
「二十二……! 二十三……!」
 それを魏延は目を背ける事も出来ずに、ただ呆然と見ていた。
 自分は、なぜ策が失敗したのかを問い質そうとしただけだ。答えが聞ければそれでよかった。
 胡蘆谷からの退却も滞りなく済み、新しく宿営地を決めて、軍全体も自分の傷も癒えて一段落したので、丞相に直談判しに行った。
 ――あれは私の失敗ではない。
 魏延の申し入れを聞き入れた諸葛亮は、開口一番、そう言い放った。
 ――実行したのは馬岱です。あれには将軍が退却したのをよく見届けてからがその時です、と言っておいたのですが。
 嘆かわしい、すぐに彼女を呼ぶように、と肩も声も震わせて諸葛亮は言った。
 しばらくして出頭した白髪の女を、諸葛亮は激しくなじり、その場で刑を執行すると宣言した。あまりに急すぎる展開に、魏延は次に何を言えばいいのかすら考えられなかった。
 あっという間に袍を剥がされ白い背中が晒され、地面に押さえ込まれ、そこに杖が振り下ろされた。
 馬岱ははじめは嫌だと叫び助けを求めていたが、今ではぴくりとも動かずに、ぶたれ続けている。このままだと死ぬかもしれない。
 何か言わなければ。
「丞相」
 やっと声が出たのは、打たれた数が三十を超えた辺りになってだった。
「やめてくれ」
 魏延が丞相と呼んだ男――諸葛亮はうろんげな一瞥をくれるが、すぐに兵士にやめ、と声を掛けた。
「魏将軍本人の要請です。鞭打ちの刑はここまでとしましょう。しかし、五十杖に満たなかったのでその分の穴埋めだけはして頂きます」
 馬岱は幕舎の外にごみのように放り出され、兵士の蹴りを腹に食らわせられた。咳込み、手足を丸めながら彼女は意識を取り戻した。そこへ更に兵士が蹴りを見舞っている。
「馬将軍、貴方は我等の武の要である魏将軍を殺そうとしました。その罪は、五十杖の刑だけでは済まされません。兵卒からやり直して用兵の何たるかを学んでくるが良い」
 そこまで追い詰めるのかと思ったのに、声には出せなかった。言ってしまった事は曲げる事は出来ない。自分の出来る範囲で彼女の助けになれる事はないか――
「馬岱」
 魏延は思わず幕舎から出て、彼女の名を呼びながら歩み寄った。
「――」
 大丈夫か、お前の幕舎まで送ってやる、迎えを呼んでやる。そのどれかを言いたかったのに馬岱の顔を見た途端に、そのどれもが消えた。
 虚ろな、暗い、光のない目が、魏延を見ていた。もしかしたら、彼女は魏延など見ていないのかもしれない。
 目が合ったように感じたのはほんの一瞬だった。馬岱は自力で立ち上がると魏延の脇を煙のように通り抜け、自分の袍を拾って袖を通すと、死人のような足取りで歩き出した。
 夕暮れ時だったから、その後姿はすぐに見えなくなった。
「……いくら何でも酷過ぎる……」
 思わず呟いた。魏延は、馬岱が刑を受けている間何も出来なかった自分を歯がゆく思った。幕舎の中で様子を見守っていた諸葛亮を見ると、相手は柔和な笑みで応えた。
「納得頂けたでしょうか、魏将軍。彼女は命令をろくに実行できず、その上おまけに貴方を殺そうとしたのですから、命があるだけでも有難いと言う物です」
「……納得いくか」
 何も知らない人間を呼んで、いきなり鞭打って官位を剥奪してしまったのだ。そんな非情な仕打ちは納得がいかない。
 あの時の馬岱の顔は、絶望を通り越した無表情だった。
「でしたら、あの人を生かすも殺すも貴方に委ねましょう。それでよろしいでしょうか」
 諸葛亮は、魏延が厳罰を望んでいると勘違いしたようだった。
「……それなら、あいつを俺の部下にする」
「ええ、構いません。少々意外ですが」
「意外だとかそんな問題じゃない!」
 諸葛亮と話していても埒が明かない。
「卑怯だ」
 そう吐き捨てて歩き出した。誰かに向かって言ったわけではないが、言わずには居れなかった。
 確かに自分は諸葛亮から見れば猪武者で、腕力以外で優れている所など見あたらないが、事の善悪とか刑罰の基準くらいは解っているつもりだ。だから直談判した最初の内は諸葛亮が最適な落としどころを見つけてくれるはずだと思っていた。
 けれども予想に反して、先程の処断は酷かった。なんだか「とりあえずこうしておけばお前の腹の虫は治まるだろう」と言われているようでもあった。
 大股で歩く魏延を兵士達が恐れたように避けていく。途中、何人かを蹴り倒したり殴り倒したりしながら歩いた。それでも、気は晴れなかった。
 血に染まった白い背中を思い出した。あの小さな背中が、兵卒にされてしまったらと思った。個人としての武勇があるようには全く見えない馬岱が男どもの群れに放り込まれて、果たして慰み物にされずに済むだろうか。ぼろ雑巾のようになるまで犯され回された挙句、そこから這い上がってくるだけの気力なんて残らないだろう。彼女にあるのは馬超の血縁者という要素だけだ。
 西の果てからふらりとやって来て、その名前だけで城一つを降伏させ、蜀の西で暴れ回る異民族を大人しくさせた男の血縁者であるが、それを鼻に掛ける様子は無かった。精一杯自分の出来るだけの仕事をこなす凡庸な将軍だが、馬超と同じ環境で育っただけのことはあり、並の男より騎馬を扱うのは遙かにうまかった。
 直接顔を合わせる機会は今までなかったが、魏延は彼女をそう評価している。並よりは良い、文句なしとまでは行かないがまし、使える。
 だから、せっかくいっぱしの指揮官としての働きが出来るのに、それを使えないようにするのはもったいない。
 ただ用事を伝えに行くだけなのだし、余計な心配をかけさせたくないと思い、一旦幕舎に戻って剣を置き鎧を脱いで、馬岱の幕舎に向かった。けれどもそこには主は居なかった。
 従兵が椅子と薬湯を持ってきて、馬岱が帰るまで待ってはどうかと勧めてきた。折角だから、従兵の言葉に従ってみる事にした。茶を勧められて、しばらく相手の顔を見ている内に、従兵が女だとようやく気づいた。
 馬岱はなかなか帰ってこなかった。何度も探しに行きたい衝動に駆られたが、どこで何をしているのか見当が付かないので、行き違いになるよりはと思い直し、待ち続けることにした。
 暇つぶしに、従兵に薬湯に使われている葉の種類や、馬岱について訊いてみたりした。聞けば、客が来たら茶を出すようにいつも馬岱から言われているのだそうだ。
 時期によって薬湯の内容も変えていらっしゃるのですよ、と従兵は言った。魏延が先程飲んだのは風邪を防ぐ効果があるらしい。従兵は馬岱について、茶一つにまで気を配られる繊細な方だと語った。
 馬岱を全面的に信頼しているように見える、人の良さそうなこの女に、馬岱がどんな仕打ちを受けたのかを自分の口から言うのははばかられた。
 幕舎の外で何かの気配がした。
 そちらに顔を向けるのと、馬岱が入ってくるのは同時だった。
「あ……」
 歩きながら顔を上げた馬岱と目が合った。疲れきった表情が、一瞬にして恐怖に塗り換わった。馬岱の歩みが止まる。足が引きつったように動かなくなり、一歩下がろうとしながらその場に座り込んでしまった。
「やっと帰ったか。傷は痛むか。大丈夫か」
 そう問いながら椅子を立とうとすると、馬岱はひっ、と小さな声を上げて目を逸らした。何が起こったか全くわかっていない従兵が、戸惑ったように魏延の顔を見た。それを無視して馬岱に近づくと、足音に反応して更に小さく縮こまる。袍の背中には、打たれた傷から滲んだ血が汚い模様を作っていた。
 怖がらないで欲しい。何とかして、話を聞いて欲しい。
「顔を上げてくれ。武器は持っていない。貴様をどうかしようとは思わない」
 しゃがみこみ、出来るだけ声音に注意し、ほら、と言いながら手のひらを開いて見せた。それでも馬岱は顔を上げようとせず、頭を抱えてただ震えている。従兵が声をかけても反応しない。
「本当だ。何もしない」
 そう言って、馬岱の手に自分の手を重ね、そっと包み込んだ。小さいが、自分の手と同じようにたこで硬くなった手だ。普通の女よりもずっと骨太で、肌も荒れている。
「馬岱様、ほら、獲物を持ちながらこんな真似が出来ますか」
 従兵の声に促されるように、やっと、馬岱が恐る恐る顔を上げた。しばらく視線が泳いでから魏延を見つめた。眼鏡の奥で、睫毛と目尻が少しだけ濡れている。泣く程自分が恐ろしかったのか、それとも帰ってくる前に泣いたのか、そのどちらなのかは分からなかった。
「丞相に貴様を部下にしたいと申し立てておいた。すんなり聞きいれてもらったから、それを伝えに来ただけだ」
 しばらく間をおいて馬岱が小さく、うん、とだけ言った。それを確認してから魏延は言葉を継いだ。手を握ったままだと思い出し、離した。
「貴様には将としての働きを続けてもらう。第一将として動かせる人間が少ない今、貴様のような奴でも必要だ。それに、丞相は人間を駒のように扱いすぎる。貴様もそうは思わんか。いくら何でも、あれはやり過ぎだ。それに丞相は――」
 喋っている内に、諸葛亮に対する不満が噴出しそうになった。そこまで言って良いのかと言いたそうに、馬岱が目を丸くして自分を見ていた。
「――丞相なんてどうでもいい。これから俺の下で働け。俺は使える奴は容赦なく使うからな」
 どうしても言動が攻撃的になってしまう。もう少し、相手を思いやれる言葉がすんなり出てこない物かと思うが、なかなか難しかった。
 馬岱が首肯したのを確認すると、魏延は居心地が何となく悪くなって、馬岱の幕舎を後にした。
 自分の幕舎に着いて、何かを伝え忘れていると思い、馬岱の幕舎に走って戻った。
 馬岱の幕舎に飛び込むと、ちょうど馬岱が手当てを受けようとしているところだった。
 従兵が二人の間に、馬岱を庇うように立った。事の顛末を既に聞かされたようで、表情には警戒の色がにじんでいた。
「何もしない。明朝また来る。細かい事はその時までにまとめておく」
 それだけ言って、今度こそ脇目も振らずに逃げるように帰った。一々、後になって悔いてしまうような行動に走ってしまう自分が嫌になった。さっきだって、餓鬼みたいな物言いになってしまった。
 幕舎に帰った魏延は椅子に腰を下ろし、溜め息を吐いた。


-----二

 翌日、朝一番に魏延は馬岱の幕舎に出向いて、彼女達の扱いについて説明した。
 馬岱は横たわったままうっすらと目を開いていた。喋るのも苦しいようで、最初は馬岱の返事や相打ちを一つ一つ確認しながら話していた魏延も、それすらきついなら、と無視して一方的に話すことを心がけた。
 馬岱の率いていた部隊を魏延の傘下に編入し直す事の確認に始まり、細かい指揮系統、その他、主な部将の特徴を馬岱から聞き出した。馬岱の代わりに、魏延の疑問には逐一従兵が答えた。
「色々言ったけれども、すぐにあれこれしろとは言わない。当分休め」
 最後にそう言うと、馬岱は床の中で頷いた。
「それと、この幕舎は解体して移動しようと思う」
「将軍の陣の近くにですか?」
 従兵が声を上げた。
「そうだ。今のままじゃ少しお互いの陣が遠いし再編成しづらい。一緒くたにしたいのは山々だが、貴様の幕舎まで取り上げた上、そう言う仲でもない男女が衝立もない一室に一緒に居るのはどうかと思う」
「……指令部に当たる物は二つも要りません」
 不意に、馬岱の声がした。注意しないと細かい発音も解らないような、弱々しくかすれた声だった。
「混乱が生じます。それに、そのようなお気遣いも必要ございません。これは傷病者の為の幕舎にでもお使い下さい」
「じゃあ、貴様はどこで寝るんだ」
「私はそこで構いません」
「馬鹿、そんな所に居たら治るのも治らんぞ。それに貴様の事は一応指揮官として扱うんだから、そんなみすぼらしい真似はするな。それとも、貴様さえ気にしないなら、俺の幕舎に移るか」
 また馬岱が頷いた。
「良いのか。本当に良いんだな」
 昼過ぎまでに片付けておくと言い残し、魏延が去ろうとすると、従兵が呼び止めた。立ち止まり、引き返そうとする魏延の背を押しながら彼女は幕舎を出た。
「将軍。馬岱様からしばらく代理で部隊の指揮を任せられました。丁と申します。よろしく頼みます」
 従兵は仏頂面でそう言って、形ばかりの投げやりな拱手をした。
「こちらこそよろしく」
「将軍、我々は貴方の部下になっただけです」
「どういう意味だ」
「言葉通りです。我々は指揮官であるあなたの言う事には従いますが、私事には一切関わりません。とりあえず、現在我々の部隊は問題なく動かせます」
 刺々しい視線と、言葉遣いこそ柔らかいが時折混じる語気の強め方が、魏延を刺さんばかりに投げつけられる。けれども、魏延は敵意を向けられる事に慣れていた。それに、こんなものは敵意としてはまだ軟らかい方だ。もっと強い感情や意志をぶつけば、すぐに折れてしまうだろう。
「ふん、そうか」
 けれども、こんな風に分かりやすく真っ向から反発してくる奴はそう居なかった。楊儀にしても姜維にしても、諸葛亮の手前、大人しい嫌がらせしかしてこない。だからいっそこんな反応が清々しいとさえ思った。
「将軍が、馬岱様を貶めたのでしょう」
 丁の言葉に、魏延は思わず吹き出してしまった。そんな器用な真似が出来るのならやってみたいものだ。
「笑うな!」
 馬鹿にしたつもりは全くなかった。ただ、自分自身にそんな器用さが欲しいと思っての弱い笑い方だったはずだが、丁はそう取ってくれなかった。
「何が笑うな、だ。立場を弁えろ。別に俺としては、貴様らなんぞ別に慰みものにしてやっても構わんのだしな」
 もっとも、戦場の真ん中でそんな事をする暇も余力も最近はない。はっきり言って無駄だし、面倒くさかった。ただ丁に対して強く出ておきたかっただけだ。
「……ならば、私は思う存分使えば良い。けれど馬岱様には一切手を出すな」
 先程の少しだけ丁寧な言葉遣いも忘れ、怒りで肩を震わせながら丁は怒鳴った。
 ぷいと勢いよくきびすを返した丁を見送ってから、魏延も自分の幕舎へ向けて歩き始めた。馬岱を勢いに乗って部下にしたのは良いものの、どう扱えばいいのか分からなかった。
 何よりも、相手は自分の事を少なからず警戒しているようだ。話す内容もそれなりに考えたし、言動にも注意したつもりだったが、部下にされてしまったから仕方なく従っているだけと言った感じだった。怪我の所為もあるかもしれないが、必要最低限の事しか喋ってくれない上、表情も暗かった。
 もう少しだけ、人並みに話が出来たらと思わずには居られなかった。


 ここ数日は目立った敵襲もなく、要所を守ったり斥候に出たりといった程度の事しかしていない事もあってか、特に小競り合いをすることなく日が暮れた。けれども夜になったら、消耗の少なかった魏延の部隊は夜襲に回されるかもしれない。兵卒達も同じ事を考えているようで、時折、今夜は休めるのだろうかと言った会話が聞こえてきた。
 馬岱は夕方前には魏延の幕舎に既に移っていて、ずっと眠り続けている。苦しいのだろうし丁が鬱陶しかったから、放っておいた。それに、身の回りのことは全部丁がやると言っていたし、逆に放っておいた方がこちらだけでなく向こうも有り難いのかもしれない。
 自分から提案しておいて変だとは思うが、自分の部屋も同然の幕舎になかなか入り辛い。それでも、一日中ぐるぐる陣内を所在なく歩き回って疲れたので、やっと幕舎に戻る決心がついた。
 そっと中を覗くと、かがり火が点在する陣内はそこそこ明るいが、光源のない幕舎の中は目を凝らさなければ物の形が分からないほど暗くなっていた。動く者がないのを見ると、丁は不在で馬岱も寝ているようだった。一応明かりがあったほうが安心できるかもしれないと思い、外の火種から火を移し、馬岱の枕元に一つ燭台を移動した。
 寝台の横に座り馬岱の寝顔を覗き込んだ。遠目に見た時は色白で、髪も白い奴だと言う感想しか持たなかったが、今こうして間近で見てみると白さの些細な違いが良く分かる。髪の毛の先の方は日に焼けて色が付いていたり、当たり前だが、睫毛だとかの細かい毛まで白いのかと今更ながらに感心した。 
 そっと髪の毛先に触れ、次いで指を絡ませる。思った通り、馬岱の髪はやわらかく、しつこく絡む事もなく素直に魏延の指に巻かれては解けを繰り返す。
 頭髪の中に指を入れると、ほんの少し暖かかった。何となく昨日の出来事が胸に沸いてきて嫌な気持ちになった。あの時もっと早く丞相にやめるように言っていれば、ここまでひどい事はされなかっただろうか。よく分からない感触が、魏延の胸に充満した。
 馬岱が小さく何かをささやいた。夢を見ているのか、ささやき声は安堵感に満ちていた。
 それで気がつき、まさか起きているのではないかと思って見やると、薄ぼんやりと目を開けていた。意識まで醒めているのかどうか分からなかったが、居心地が悪くなってそのまま髪を触り続けた。このまま再び眠りに落ちて幸せな夢でも見てくれと思った。
「ひゃあ」
 しばらくして、完全に目が覚めたのか、随分情けない悲鳴を上げて、魏延から遠ざかろうともがきながら、馬岱は寝台から落ちた。その後呻き声が聞こえたがすぐに静かになった。傷で体力の殆どを削られた為か自力で起き上がれるような気配もない。
「……だいじょうぶです、ひとりでだいじょうぶです」
 馬岱が元気のない声でそう告げる。しかしどう聞いても声を出すだけで精一杯と言う感じだ。
 言われた通りに手を出さず、しばらく見守っていたが、芋虫のようにのろのろ動く馬岱に何だか苛立ってきた。とうとう思い切って馬岱の脇に手を回し、傷に触れない様に抱き起こした。
「いや、さわらないで」
 魏延の手が触れるなり、馬岱はそう叫んで抵抗した。魏延を殴り、少しでも離れようと腕を突っぱねる。鎧を着たままだったということもあるが、衰弱した女の拳骨なんて文字通り痛くも痒くもなかった。けれども、弱ってもなお目や喉を狙って殴って来るのにはぞっとした。
 しばらく殴られるままになっていたが、十も叩かない内に馬岱が力尽きてしまった。暴れ疲れた馬岱はぐったりと魏延の肩に頭を乗せ、荒い呼吸を繰り返し、時折喉から絞るような咳をした。半開きの目には何の感情も滲んでいない。ただ弱り果て、自分に頼るしかない小さな生き物があった。
「風邪でもひいたのか」
 素朴な問いを投げるが、馬岱の返事はない。
 また馬岱が咳き込んだ。なかなか治まらなかったので、どうにもならないとは分かっているが、背中をさすってやった。つんと、鼻をつく何かの匂いがした。汗の匂いでも泥の匂いでもなさそうだと思い、やっと、馬岱の体臭かもしれないと思い至った。
 断続的に続いていた咳が止まった。馬岱がゆっくりと深い呼吸を繰り返し、息を整える。
 馬岱の膝の裏に手をあてがい、抱き上げようとして、ついそちらを見てしまった。細い帯で締めただけの袍の裾から出た白い脚が、蝋燭の照り返しを受けて淡く光っているように見えた。手を差し入れた膝裏は少し汗ばんでいて、柔らかな腿とふくらはぎが、今自分の腕の中にいるのが女なのだと言う意識を強調した。
 すぐに目を逸らせたが、その白さは目の裏に残った。手を包み込む火照りも柔らかさも、少し汗ばんでしっとりとした肌も匂いも、容赦なく魏延の思考を揺さぶる。
 袍一枚を奪えば――と思って、その思考を打ち消す。相手は怪我人だ。怪我人だし、そんな事をしたら死にかねないし、今は彼女に自分が無害だと言うことを一応信じてもらわなければならない時で、だから手を出してはいけないのだ。
 馬岱を担ぎ上げて寝台に寝せ、毛布も掛けてやった。冷気が入らないように毛布の裾を整えてから、何を話そうと考えた。
「何か、食べたいものはないか」
 結局、出てきたのは全く気の利かない言葉だった。馬岱はもぞもぞと寝返りを打つだけで、こちらを向こうとすらしない。しばらく返事を待ったが何も言われないので、また勝手に話しかけた。
「一日中寝てたんだ。食べなきゃ死ぬぞ」
 そう言ってしまってから、俺が腹が減っているだけだろう、馬鹿じゃないか、と思う。やはり馬岱の返事はない。咳き込みはしないものの、呼吸はまだ荒い。
「なあ、話だけ聞いてくれ」
 とうとう馬岱は毛布の中に潜ってしまった。こほん、と小さなくぐもった音の咳が聞こえた。
「俺が怖いのか」
 返事はなかった。ただ、毛布の中で身を固く縮める気配があった。何となく、拒絶されたような気がして少し寂しかった。
「貴様をどうかしようとは思わない。本当だ。貴様の部隊も丁重に扱う。約束する。貴様には手を出さないし、出させるような事もない」
「……私をどうされたいのですか」
 やっと馬岱が返事らしい返事をした。ただ単に助けたかっただけだから、これからどうしたいのか、正直に言って魏延はわからなかった。
「丞相のやった事が酷すぎると思ったから……」
「哀れんでおられるのですか」
「違う。俺は丞相のやり方に不満だっただけだ」
「嘘でしょう」
「嘘なんかじゃない」
 満足に会話も言い訳もできず、結局何も言えなくなってしまう自分が呪わしかった。朝方の丁にだって、つい強がってしまった。
 また、沈黙が降りた。
「……独り言だと思って聞いてくれ」
 言い訳は嫌いだし、したくない。けれども、嘘はもっと吐きたくない。やや考えて、頭の中を整理してから魏延は話し始めた。
「貴様がこんな目に遭ったのは元を質せば俺の所為だ。けれども、貴様を俺の配下にしようと企んでやった事じゃない。丞相に、なんで策が失敗したのか訊きたかっただけだ。理由が聞ければそれで満足だった」
 まず、馬岱が抱いて居るであろう疑問について答える。
「哀れに思わなかったのかと言えば、嘘だ。途轍もなく哀れだと思った。酷いと思った。だから貴様をどうにかしてましな環境に置いてやりたいと思った」
 小さく、馬岱に気取られないようにため息を吐く。聞いている方は何も解らないだろうが、考え続けて頭痛がしてきた。
「あんな怪我のまま一兵卒にされてみろ。従兵が居るとは言えどうなっていたかわからん。それに貴様は風邪をひいてしまったし、言いたくはないが、……死んでいたかもしれん。貴様には武勇はないが、馬超の血縁者というだけで今まで何も問題のなく、指揮官としての役をこなしてきたんだ。こんな些細な事で一部隊が欠けたら蜀軍全体の負担も増す」
 話してしまってから、最後のは蛇足だったかもしれないと思った。他に言う事はないかと思って、また続けた。
「俺は貴様の事は評価しているつもりだ。馬氏の名に胡座をかいてるだけの奴じゃないと知っている」
「将軍」
 目線だけそちらに投げると、馬岱が毛布から顔を出していた。
 暗い、昨夜見た無表情があった。信じない、とその目が語っていた。なぜこいつはこんな目をするのだろう。今まで必死に自分の気持ちを整理して喋ったのを拒絶されたような気がした。殴られても突っぱねられても感じなかった孤独感が今更になって、じわりと這い上がってきた。
「将軍は本当に、蜀全体の事を考えて行動していらっしゃるのですね」
 馬岱が何を言いたいのかよく見えなかった。
「丞相が貴方を本気で殺すつもりだったとしても? あれがその為の策だったとしても?」
「丞相にしては丁寧さがない。ただの貴様の手違いだ」
「私が、将軍を殺すために送り込まれたという可能性は、お考えでないのですか?」
「止めろ、貴様の考え過ぎだ」
「丞相は将軍の事を、未来のためには消さねばならないと仰っておいででした」
「止めんか」
「将軍は、危険すぎるのだそうです」
「貴様!」
 そう叫んで、魏延は反射的に馬岱の前髪をひっ掴み、引き起こしていた。見る見る内に馬岱の薄桃色だった頬は血色を失い、蝋のように生気のない肌色になった。唇も同じで、今や紫色を通り越して何色か判別もつかないような色だ。それでも、魏延を見据える目は弱らない。
「たわ言を吐くな! 丞相が俺を殺そうとするなんぞ、天地がひっくり返っても有り得んわ!」
 その顔に向けて、魏延は声の限りに怒鳴った。
「丞相がその気なら、なぜこんな込み入った時期に俺を殺すんだ、訳が解らんわ」
 強い言葉を吐いたものの、不安はあった。随分昔の事になってしまったが、諸葛亮に初対面で難癖付けられて、処刑しろと言われた事は忘れない。
 今蜀軍で一番強いのは誰かと問われれば、誰もが魏延だと答えるだろう。苛烈に敵を殺し、恐怖を叩き込み、威圧するのなら負けない。今まで積み上げてきた武勇も死体の数も誰にも負けない自信がある。
 王平や馬岱辺りは地の利だとかを生かした戦い方ができるが、そんなのは勉強すれば誰でもできる事だと思う。
 こんなに強い自分を、こんなに動ける手駒を諸葛亮が自ら切り捨てるなんて、考えられなかった。そう考えられても、自分の信条を補強できる証拠がなかった。
 馬岱が何か言うと思ったのに、自分を睨んだまま動かない。
「何か言ってみたらどうなんだ。さっきまで散々ごちゃごちゃ言っておいて今度はだんまり決め込むつもりか」
 誰かこの状況を打開してくれと強く願った。今なら、馬岱に信用されなくても良い。今なら、ここに飛び込んでくるのが姜維だろう楊儀だろうがが歓迎する。
「何をするつもりだ!」
 女の裏返った叫び声がした。それが丁だと気づくのに時間がかかった。
「馬岱様から離れろ」
 丁が馬岱と魏延の間に走り込んできた。
「貴方は今朝、馬岱様の身の回りの事は全て私に任せると言ったではないか!」
 そう叫び、魏延を突っ撥ねながら馬岱を乱雑にひったくった。
 言い訳はしなかった。確かに、殺そうとしたように見えても仕方がなかった。
「離れろ! どっか行け!」
「丁、将軍は――」
「黙れ!」
 馬岱が何か言い出してこの場を余計にごちゃごちゃさせそうだったので、反射的に怒鳴って打ち消した。馬岱が批難しようが擁護しようが、せっかく逃げられそうだった好機を逃すわけにはいかなかった。
「ああ、出て行ってやる! 俺は今日は外で寝てやる!」
 二人を睨みつけ、立て続けに怒鳴り、大股に歩いて幕舎の外に出た。ようやく幕舎に戻れたのにと思うと、短絡的な行動を取ってしまったことを悔やんだ。
 ずんずん歩いて兵卒達が車座になっている所に着くと、何人かを押しのけてそこに混じった。
 兵卒達が、仏頂面で輪に混じった自分から徐々に離れていった。上官が何か話すわけでもなくむすっとしているのだから、面白くなんてないし当たり前だろうなと思う。
 夜も深まり、周囲で談笑していた兵卒達は既に三々五々、雑魚寝幕舎に戻って眠りつつあった。
 魏延は眠れなかった。
 馬岱の言葉が、治らない傷のように魏延の胸をえぐり続けた。
 あれは嘘だ。馬岱は自分も諸葛亮も信用できなくなってしまっているのだと思っておいた。けれどその一方で、俺だけは信じても良いだろうとか、そんな事はとても言い出せなかった。
 火が小さくなっていく。時折揺らめいて、じわりと幻のように広がったかと思えばすぐに小さくなる。
 それがすぼまるように消えた。魏延の目蓋にちかちかと明るい何かが星のように瞬いて、それもやがて消えた。
 燃えかすに再度火を付けて、木の枝を放り込んでおいてから、幕舎に様子を見に戻った。丁が馬岱の寝台の脇に寄りかかって寝ていた。粗末な毛布の中に収まろうと頑張って手足も首も縮めて、孵化を待つ雛のように縮こまっている。
 なんだかそれを見ていると、一気に疲れてしまった。何でこいつらは一々人に迷惑掛けるような行動をするんだろう。丁が何を言ったのか何となく想像がついた。馬岱が苦労をしているのだから自分も苦労をしなくては不公平だとか言って、こんな馬鹿な真似をしたに違いない。
 魏延は自分の寝台から毛布を持ってきて、丁に被せてやった。元々被っていた毛布は畳んで枕にしてやり、座った姿勢では疲れもとれないだろうから、そっと横に伏させてやった。
 自分の分がなくなってしまったが、マントもあるから良いかと考えた。枕元に先程置いておいた蝋燭はもう随分短くなっている。このまま放っておいて良いだろうと思った。
「将軍」
 立ち上がろうと膝に手を当てたところで、馬岱の声がした。まさか起きているとは思わなかったから、少し驚いた。表情や声には一切表れなかったから馬岱には勘づかれていないと思う。
「……文長で良い」
 彼女を睨むように見据えてそう答えると、馬岱の表情にかすかな驚きが混じった。字はごく親しい者同士や、目上の者が目下の者に対して呼びかける時ぐらいにしか用いられない。
「いや、貴様が何考えているのか何となく分かるが、俺はただ単に――」
「将軍、なぜ私に構うのですか」
 信用を得たいだけだ。それだけだ。
 そう言いたかったのに、馬岱にさえぎられてしまい、最後まで言えなかった。けれどもそれでよかったと思う。
 言い訳はあまり得意ではないし、そんなに好きでもなかった。
「文長で良いから」
 立ち上がる。明かりが消えた。薄ぼんやり見えていた馬岱の顔も消えた。
 しばらく待って、馬岱が何も言い出さないのを確認すると、また外に出た。



「後編」へ続く

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