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フォーメーション・ファミリー 後編

注意書き

・SR魏延×UC馬岱(女体化)です
・諸葛亮陣営の扱いが酷いです
・三万字近くあります
性描写があります。できれば18歳未満の方の閲覧はご遠慮下さい
・投稿字数制限の都合で前後二章立てになりました。こちらは後編です

以上の事を踏まえて、ご了承いただける方のみ「つづきはこちら」からどうぞ。
フォントサイズが大きくなります。
-----三

 二日目。余計な事をしてくれたと激高する丁の声を聞き、反射的に、貴様がいつでも万全の状態なら余計な事なぞせんと言い返していた。その日の夜も幕舎の外で寝た。
 三日目。馬岱が話があるというので行くと、丁をなだめておいたから今日からどうか部屋の中で寝てくださいと懇願された。かっとなって、そんな下らない事で一々呼び出すなと怒鳴った。やはり外で寝た。
 四日目。威嚇で前線に立った。丁に陣内の留守を任せた。二人が居ないと思うと、清々した。
 五日目。戦場でも後方でも怒鳴ったせいか喉が痛かった。軽く咳が出た。夕方に、机の上に茶が煎れてあるのと小さな置き書きを見つけた。馬岱の字で喉の痛みに効きます、とあった。とりあえず、飲んでおいた。
 その翌日から、ぶつくさ言いながら薬湯を煎れる丁の姿を時々見た。


 そんな事はありません、と片方が言った。半ば悲鳴のような声だった。
 それまでささやき声でされていた会話は、そこから普通の声音で続けられた。それでも、片方の声はまだ低く小さく、聞き取りづらい。
「将軍は最低限の気遣いが出来る人間だと思います。手を出さないと一応約束はしてくれましたし……」
「だからと言って、それが何の保障になるのですか! 現に――」
「確かに自分達はまだ彼に対する警戒を解いてはいけないと思います。けれど、他人につい同情するような気性の曲がっていない人間が、回りくどく策を立てるようには思えません」
「証拠があると仰るのですか」
 やや、間があった。
「私を哀れに思ったのかと訊いたら、将軍はすぐに答えられませんでした。とっさの嘘を吐くのが下手な方のようです」
「そんなもの、何とでも言えます」
「私は、疑いすぎるのも良くないと思います。いざ、部隊間の連携が必要な時、互いの指揮官がいがみ合っているようでは思い切った行動が出来ません」
 また、間。叫んでいた方はあの、とかその、とか何かを言い出したそうにもじもじしていた。
「それに、あの時怒鳴られたのは挑発した私が悪かったのもあります」
 それを魏延は幕舎の外でぼんやり聞いていた。せっかく煎れてくれているかもしれない薬湯が冷めてしまいそうだった。
 他人から陰口を叩かれるのも、憎まれるのと同じくらい慣れている。しかし、今馬岱達が言い争っているのはそれらのどれとも違っていると感じた。それが、馬岱が魏延の部下になってから十日程経った頃だったと思う。


 間に合わなかった。ちっとも、全く、これっぽちも間に合わなかった。
 急拵えらしい粗末な陣を不意打ちした。見張りを叩き割り、粗末な天幕をいくつも破り、その中に居た虫どもをことごとく潰しまくって、そして見つけた丁を見てそう思った。その上に跨っていた裸の虫が這いつくばって逃げようとするのが、焦りと後悔をどす黒い怒りに一変させた。
 虫の腹を蹴り上げ、吹っ飛んで悶え苦しんでいるのを捕まえて、髪を鷲掴んで引き立たせると顔面に膝蹴りを叩き込んでいたところまでは、確かにはっきり覚えている。
 いつの間にか男の顔は原形をとどめないほどに腫れ上がり、振り下ろし続けた魏延の拳からも血が滴っていた。なんだか酷いなと思って一度手を止めると、男の顔の裂け目から弱々しい音が漏れた。最初は何なのかさっぱり解らなかったが、音が声になり、声が意味のある、訛りのきつい言葉になって再度、魏延は拳を振り下ろした。
 貴様らが同じ事を言われても彼女には容赦しなかったくせに。
「……将軍」
 そう、声を掛けられてやっと我に返った。
「ああ」
 間抜けな返事をして、血袋同然の魏兵を放り投げた。
 兵士の案内について行くと、裸同然に剥かれ怪我まみれになった女が、魏延のマントに包まれて横たわっていた。いつマントなんて掛けてやったか、よく覚えていない。彼女は、薄く目を開き周囲の様子を掴もうとしているが、目蓋が痙攣するようにせわしなく開いたり閉じたりしている。
 包帯や添え木を当てられた女は何とか少しでも長く、この世に留まろうと足掻いているが、その努力も無駄になってしまう事は、もっと多くの人間の死を見てきた男達には、一目で知れた。
 視界に魏延を認めたらしく、ゆっくり首を巡らせた。
「丁、奴が悲しむぞ。それとも悲しませたいのか」
 魏延がそう言うと、丁が弱々しく首を振った。もう、何か言うだけの体力は残っていない。
「死ぬな、奴を独りにするつもりか」
 女の体には痣と骨折の跡と、切り傷が深く刻まれていた。顔も腫れ上がるまで殴られ、見る影もないほどである。せめてもう数刻早く見つけ出していればここまでひどい事をされなかっただろうにと、魏延は思った。どれほど叱咤しても手遅れであるが、それでも遺言やことづけを聞き出そうと言う気には更々なれなかった。
「すいません……」
 そう言って、弱く呼吸をして、それっきりになった。
 何度も見てきた別れと同様、あっけなかった。
 念の為呼吸と脈を確認するが、答えはいくら探しても返ってこなかった。
 数刻前、わかりやすく言うと昨日の宵の口頃。丁の率いる別働隊の生き残りが予定よりも早く、這々の体で帰ってきた。
 なるべく素早く行動できるように、少人数で行かせたのが間違いだった。あっという間に魏軍に取り囲まれ、脱出する暇もなく潰された。女が居るぞと叫んでいた声が聞こえた、と生き残りは言った。
 助けに行くぞと呟いて、部隊の中でも持続力に長けた奴を選んだ。残りには自陣に引き返して待機しておくようにと言って駆け出した。襲撃された場所が、それ以上遠くに行かなくて良いと言いつけた場所から大分離れているのは、彼女が功を焦ったからだろうかと考えて、即座に打ち消した。馬岱の分まで頑張ろうとして、できなかったのだ。
 なぜ助けようと思ったのか、魏延は解らなかった。馬岱に接触しようとするとすぐに割って入り、いつでもきゃんきゃんうるさくて、居ない方が清々すると思っていたはずなのに。
 魏延は薄く開いたままだった彼女の瞼と唇を閉じ、亡骸を抱え上げた。
「帰るぞ」
 率いてきた部下達に、そして腕の中の丁に告げた。
 死体をわざわざ連れて帰るなんて、高位の指揮官でもない限り中々出来ない事だが、今回だけは特別だ。置き去りにして、死体を弄ばれたり野犬に食い散らかされたりされるのだけは避けたいと思った。
 空が徐々に白く輝き始めている。朝日が地平の向こうから迫ってきている。そろそろ命からがら逃げた魏兵がどこかにこの事を伝えるだろう。
 そんなに簡単にくれてやれる命は、魏延はこれ以上持ち合わせていなかった。


 血脂と、土埃と、疲労にまみれた魏延の騎馬隊は、日の出よりやや遅れて帰還した。
 陣全体を覆っていた不安な空気が流れ去り、急に騒がしくなった。部将付きの従兵が何人か駆け寄り、続いて医官が歩み寄ってきた。医官には自分は無傷だと言っておいて、今までの負傷者の数を聞き出した。丁の事は言わずとも解ったようで、言及してこなかった。遅れて、馬岱がそろそろと歩み寄ってきた。
 何を言えば良いのだろうか。そう思うだけで立ちすくんでしまった。何か言わなければと言う思考だけが頭の中で走り回り、肝心の言葉は見つからなかった。
 馬岱は丁の顔を見て、そして魏延の顔を見上げた。
「すまん」
 そう言ったはずなのに、声は出なかった。かすれた音が喉を通り過ぎただけだった。
 馬岱が小さく頷き、腫れ上がった丁の顔にそっと触れた。
 なぜ責めてくれないのか。いっそ責めてくれて、それに何か怒鳴り返せた方が気が楽だ。
「お気遣い、どうもありがとうございます。丁も無事に帰ってこれてほっとしているでしょう」
 予想しなかった言葉に、頭の中が真っ白になった。
「将軍、お手数おかけしました」
 なぜ泣き叫ばない。なぜ責めない。なぜ詰らない。
「……簡単な形でもよかったら、すぐ弔おう」
 そう答えるのが精一杯だった。
 少し休憩を取り、諸葛亮に報告もすませ、昼前に馬岱と魏延と何人かの兵士で陣営の隅に丁を埋めた。丁だけでなく、怪我が悪化したり病気をこじらせたりして死んだ兵士も、穴は別に掘ったが同時に埋めた。穴を掘る労力が少なくて済むから、と言いながら硬くなりかけた丁の体を、無理矢理手足を縮めた姿勢にさせる馬岱が薄気味悪かった。
 西涼と漢の人間の考え方の違いだろうと思いたい。あるいは、転戦生活が長かった上に一族郎党をあっという間に喪ってしまったから、生き死にに関しては他人よりも割り切って考えるのだろうと思っておいた。
「奴からすいません、と言付かった」
 生還できなくて、馬岱を独りにしてしまってすいません。そういう意味だろうと魏延は思った。
「それは多分、将軍への謝罪です」
「なぜそう思うんだ」
「将軍の事を、確かに悪い人ではないかもしれないと言っておりました」
 ああそう、とか、そんな気のない返事をしたと思う。最初は信用されたいと思っていたのに、なんだか居心地が悪かった。肩すかしを食らったような感じだった。
 風が吹いて、マントの裾がはためいて音を立てている。いつもは気にならない小さな砂埃だとかが気になって、意味もなく袖を叩いた。なぜ彼女は泣かないのだろう。あなたが無理な事を言うからだとか怒鳴ってくれとすら思った。そうして自分に色々投げつけてしまえばきっと清々するだろうに。
 幕舎に戻ろうと思ってきびすを返したが、馬岱が動く気配はなかった。肩越しに振り返ると、うずくまって地面を見つめたままぼんやりしているようだった。
 何の気無しにマントを外し、縮こまった馬岱の肩に掛けてやった。思いがけず舞い降りてきた布地に馬岱が少し驚いたようにこちらを見上げる。
「また風邪ひくぞ。後、それはちゃんと返せよ」
 いつの間にか立て膝をついていて、襟元を合わせてやろうと手を伸ばしかけていた。
 馬鹿馬鹿しい。
 口の中で呟いてすぐに立ち上がると魏延は幕舎に向けて歩き出した。


 翌日、陣の外れの広場で兵卒や部隊長達を集めて隊伍を組もうとしているところに、具足を着けた馬岱が現れた。
「いきなり何だ。まだ怪我も風邪も治ってないだろ」
 さっさと帰って休んでおけちょっと今回は帰るの遅くなりそうだ、と言おうとして彼女の目を読んでしまい、ため息を吐いた。
「将軍、私も出陣します」
 ここ数日聞いた中では一番張りのある声で彼女は言った。けれども馬で駆け回っている内にそんな元気もなくなるのは目に見えて明らかだった。
「あのな――」
「後方指揮くらいは出来ます」
「従兵が死んで貴様自身が頑張らなければならなくなったから、その気持ちは分からなくもないが」
「いえ、そういう事ではなくて――」
「貴様は話を聞いていないから分からないだろうが、今回は当分帰ってこない。後方指揮もいらない。ちょっかい出された分を取り戻す。持続力のある奴らだけ必要だ。癪だが、本陣から既に兵も借りている」
「けど――」
「それを貴様がやらねばならない道理はない!」
 陣内に、乾いた音がこだました。何人かの兵士がその音の方を見た。
「正気に戻れ」
 魏延が馬岱を平手で打った音だった。打たれた拍子に足下がふらついて、馬岱はその場にへたり込んだ。しばらく動けるような気配もなく、考え無しに強く殴ってしまったかもしれないと思った。あるいは、うっかり顎に掌底でも入れてしまったか。
 やがてゆっくりと、むしろ恐る恐るといった感じで馬岱が顔を上げた。何をされたか良く分かっている筈なのに、呆けたようにずっと自分を見上げているのが癪に障った。
「頭を冷やせ。病み上がりで、その上怪我も充分治っていないくせについて回ろうなんて馬鹿な真似は考えるな。はっきり言って――」
 少し考えて、馬岱をここに留めておけるだけの一言を選んだ。
「足手纏いだ」
 馬岱の表情は揺るがない。先程と同じ顔で自分を見上げている。
「幕舎に帰れ。でもって充分休んでろ」
 魏延はそう言い捨ててきびすを返して歩き出した。馬岱から遠ざかっていくのに、背中に彼女の視線が刺さるのを感じた。


 三日経った日の夕方、返り血まみれになって帰ってきた魏延を、出撃した時よりやや元気になった馬岱が迎え出た。
「将軍、お帰りなさい」
 魏延はそれに答えなかった。どんな顔をして何と言ったらいいのかわからず、何も言えずに馬岱の脇を通り過ぎ、一直線に幕舎に帰った。鎧を脱ぎ捨て、適当に放り投げた。適当に汚れをはたき落として寝ようと思ったのに、椅子の足下の水を張った桶と手ぬぐいが目に入った。
 こんな事をしそうなのは馬岱くらいだろう。なあおい、と彼女を呼ぼうとしかけて踏み留まり、いつも余計なことをしてくれる奴だと思った。
 手ぬぐいを浸し、まず顔を拭いた。泥と血で手ぬぐいはすぐに茶色く濁った。
 うっかり、かっとなって馬岱を打ってしまった事を謝らなければ、彼女と挨拶もできないような気がした。謝ったところで馬岱が許してくれるかどうかなんてわからないが、とりあえず謝っておきたかった。
 小さな影が視界の隅にこっそり現れた。馬岱だ。顔を上げようとすると、彼女は慌てて天幕の裏に隠れた。影が天幕に映って、隠れた意味がまるでない。何となく、子供の頃に影法師を踏んで遊んだのを思い出した。
 しばらく放っておいたが、丸見えなのには気づいていないようだった。
「夕日で丸見えだ」
 そう言ってやるとあたふたとうろたえた末に、結局観念したように頭を覗かせた。
「用があるならさっさと来るか言うかしろ」
 そう言い放つとのろのろじりじりと遠慮がちに近づいてきて、三歩分くらい離れたところで立ち止まった。そこから何か動くのかと思って見守ったが、もじもじしているだけで何も言い出さない。もういいやと思って無視して諸肌を脱ぎ、桶の中に放り込んだ手ぬぐいを拾って絞った。
「せなか」
 やっと馬岱が口をきいた。
「背中、拭きましょうか」
 魏延は黙って頷き、手ぬぐいを渡した。馬岱が背後に回り肩に左手を添え、背中をなでるように何度も、丁寧に拭く。濡れた手ぬぐいが行き来する度に、殴ってしまったのを謝るなら今だ、今だと思った。
「す――」
「将軍、先日はわがままを言って、大変申し訳ありませんでした。将軍のお気遣いを無下にしてしまうところでした」
 先に謝ろうと思っていたのに、出鼻をくじかれてしまった。
「……俺こそやり過ぎた」
 お互いに何も言わない。手ぬぐいをすすぎ、また背中や首筋を拭いたりの繰り返しである。そう言えば先程の挨拶をしていなかった。
「ただいま」
「お帰りなさい」
 そう言って馬岱は桶を持って立ち上がり、少しだけ笑んだ。
「ご無事で何よりです。では、水を捨てて参ります」
 そう言って出て行った馬岱を見送ると、袍に袖を通して襟を正し、机の傍に立てかけておいた折り畳み椅子を引っ張り出して広げた。彼女は一見平気そうな顔をして迎え出てくれたが、三日やそこらで側近を喪った痛手から完全に立ち直れているようには思えなかった。出来ることなら何か話してやって、慰めてみたかった。そんな色男みたいな真似が自分に出来るかどうか不安極まりないが、やるしかないだろうと言い聞かせた。
 何を話そうかと思案している内に馬岱が手ぶらで帰ってきた。彼女は魏延の前に置かれた椅子を見て怪訝そうな顔をした。それでも顎で示すと、失礼しますと言って座った。
「……なあ、貴様と丁はどういう関係なんだ」
 多分、自分が色々と話題を提供しなくて良さそうな質問をまずぶつけてみた。前々から忠だとか義だとかで結ばれた主従関係ではなさそうだと、何となく思っていた。どちらかと言えば兄弟のような仲の良さだった。
 はいと言って、彼女はちょっとした身の上話を始めた。
 馬岱が丁と出会ったのは、まだ彼女が西涼に居る時で、馬超他の一族も健在だった頃だった。幼い内に両親を亡くした馬岱は叔父の馬騰の世話になった。その時馬騰が同年代で同性の話し相手としてあてがってくれたのが丁だったそうだ。丁は話し相手であると同時に馬岱の身辺の世話役で、馬騰が管理している間者の子だったらしいが、詳しい事は話してくれなかったし、逆に訊こうという気にもなれなかった。
 時が経ち、馬超が乱を起こした時も、一族がことごとく殺された時も、馬超が死んだ時も、率いる軍が西涼の反乱軍の一部隊から蜀軍の一部隊となってからも、丁はずっと傍に居た。
 けれども、もう西にいた頃の自分を知っているのは誰も居ない。少し寂しいけれど、これで良いのだと思っている――
 淡々と語られる短い話を聞いていて、こいつは言い訳は苦ではないし、報告も素直に出来るんだなと思った。以前、馬岱が自分のことを気性が曲がっていないと評価していたが、馬岱の方がもっとまっすぐだ。
 誰の誤解も招かない良い素直さだと思うと、その素質が羨ましくなった。
 話の中で馬岱は何度も「頼る」と言う言葉を口にした。叔父の馬騰に、従兄の馬超に、そして丁に、名前は語られなくとも西涼から従ってきた古参兵達に。しかし今では頼って良い人間はもう居ない。遅くなってしまったが、いい加減独りでも強くならなければいけないと思い始めた。
 だから、――
「私は、誰かに頼って初めて安心できる、その程度の強さの人間なのでしょう。けれど、一々何かに頼っていたのでは――」
「無理はするな」
「無理ではないと思うのです」
「貴様は思い詰めると結構な頑固者になるようだな」
 反論しようとした馬岱が俯いた。思い当たることがいくつかあるようだ。
「……でも、駄目でしょう。誰にも迷惑を掛けたくないのです」
「丁の墓前でめそめそしてたのはどこのどいつだ。頼っちゃいけないだとか思っている癖に、支えが無くなった事に随分衝撃受けてたじゃないか。それとも何だ、俺じゃ不満なのか」
 馬岱が魏延の顔を不思議そうに見上げた。
「何が」
「俺を頼るのは嫌かと訊いて居るんだ。答えろ」
 馬岱には予想外の事だったようで、ただ魏延を見上げたまま動かない。呆然としているが、何かを必死に思索しているような気配がした。
 そうしたまま、結構長く見詰め合っていたと思う。沈黙を破ったのは馬岱の方だった。
「いいんですか……」
「良いんだ。無理はするな」
 じわりと滲むように馬岱の目が湿った。次第に水気は量を増し、ついに目蓋の堰から溢れ落ちた。そうして泣きながら、馬岱はしっかり頷いた。その泣き方は雨が降るように静かで穏やかだった。頭を伏せて声を殺し、肩を震わせ、しゃくり上げ続ける。
 こんな風に泣かれるのは初めてだったし、上手い言葉が見つからなかったから、ただ、返事の代わりに馬岱の背中をなでさすった。
「文長様」
 泣き声の隙間を縫うように、馬岱が呟いた。
「なんだ。それと、『様』はやめろ」
「呼んでみたかっただけです。文長殿」
 馬岱は泣きやまない。どうして泣くのだろうと不思議でならない程泣き続けて、時折ほとんど言葉にならない声で、文長殿と呟いた。


-----四

 高台に、葦毛の馬が居た。その後ろに鹿毛の馬が居た。二頭の馬はそれぞれに主人を背に乗せ、鬣を風になびかせていた。
 遠く、地平線近くに陣を展開する魏軍が見える。細部まではさすがに見えないが、こうして陣を張り合ってもう既に十五日以上が経っていた。
「丞相の具合はどうなんだ」
 鹿毛の馬に跨った男がぶっきらぼうに言った。
「ここ数日、魏軍の動きがないことと、あなた達が前線で粘っているお陰で少しは元気になりましたが、まだ油断は出来ませんね」
 葦毛の方――姜維は丁寧な口調で答えた。彼は諸葛亮に愛弟子扱いされていて、周囲もそれを支持している。自分とは正反対に、蜀軍全体の信用を集めていると言っても良い。
「そうか」
 今二人が居る高台は、時折諸葛亮も物見に立つ場所だ。味方も敵もよく見えるが、風が強く吹き抜ける所為で、厚着していても何となく寒いと感じてしまう。それが体に障ると言って最近は姜維が代わりに毎日物見をしている。
 自分以外の人間が見た物をそのまま信じられる物かと魏延は思っていたが、最近になって何となく姜維は諸葛亮自身の写しのような物だから、彼の言う事は信じられるのかもしれないと思った。
 それに気づいたのと同時に、自分を信じてくれないのは自分の事なんて本当の意味で赤の他人だからかもしれないと言う仮定にも行き着いた。
「時に魏将軍」
「何だ」
「馬岱殿をどう扱っておいでですか」
 姜維は多分自分が毎日馬岱をいじめ抜いていると思っているのだろう。そう言われて、最近あった事を思い出して不快になってきた。
「飯食って良いかとか、寝て良いかとか、何かする事ありませんかとか、一々うるさいんだ。それにいつの間にか武具の手入れとか片付けされてたりして、勝手に色々されて嫌だ」
「聞いている限りではまんざらでもなさそうですが」
「姜将軍、ふざけんでくれ」
 魏延が睨み付けると、姜維はにこやかに笑んで流してしまった。
「まあ、貴方が馬岱殿を雑に扱っていないのは解りましたよ。お姫様は大事になさってくださいよね」
 そう言い残して姜維はやや早足で去った。口では何とでも言えるものの、諸葛亮の体調が気になってしまうようだ。あるいは、単に軍務だとかで忙しいのだろう。
 お姫様、と言う言葉がなぜか残った。何気なさ過ぎる一言だが、諸葛亮の体調が悪化していっている事と同じくらい意識に引っかかってしまった。
 考えてみれば、世が世なら、馬岱は西涼随一の勢力の子女として何不自由なく生き、良い家に嫁ぎ、剣を握って手を肉刺だらけにする事もなかったのだろう。
 彼女の書く字一つ動作一つ取り上げても、鼻につかない程度に気品がにじみ出て、泥と血に薄汚れた戦場にあっても光っているように見えた。礼儀作法が戦場で何の役に立つのかと思うが、兵卒達を鼓舞することも、たまにあるようだ。
 一方で自分の生家は教育や武術の基礎を施す余裕もあったが、西涼馬氏と比べたら鷹と雀くらいの差があると言っても良い。結局、戦乱に飲まれて自分の腕一つで生き残らなければならなかった自分とは大違いだ。そういう家に生まれていたらこの世を生きるのは多少楽になっただろうかと考えると、馬岱が少し羨ましかった。
「俺達も帰るか」
 愛馬にそう声を掛けると、荒い鼻息が一つ、返事のように返ってきて歩き出した。
 赤や黄色に色づき始めた木々を眺めていると、薄い紫色の塊がいくつか木からぶら下がっていた。アケビの実が生っていた。馬を下り、その実をいくつか短刀で切り取り、懐に仕舞った。
 馬の所に戻ったら自分にも寄越せと言いたげにこちらを見るので、またいくつか取りに行ってしまった。


 数日前に陣形を変えた所為で、魏延の陣営は最前線に一番近いところになった。その分諸葛亮の居る本陣から大分遠ざかってしまい、徒歩で半日程、馬でその半分くらいかかってしまうようになった。
 最前線への配置は自分の強さと信用の証ではないかと考えておいた。時折ちょっかいを出しに来るせっかちな魏兵を間引くのと、兵の調練が最近の自分の仕事になっていた。
 遠目に土煙が立っているのと、昼過ぎだから炊飯をしているらしい煙がいくつか見える。それと、やや遠くから三十頭程の馬群が駆け寄ってくる。出掛ける前に調練をしておくようにと言いつけておいた一団だろう。魏軍とはにらみ合うだけの毎日だが、兵馬の訓練は欠かせない。
「将軍、ご無事で!」
 たてがみが灰色の葦毛を駆って、馬群の指揮官が魏延の横に駆け寄った。馬群はその間にも指揮官の指示に従って走り続ける。
「一々心配するな」
 魏延はそう言いながら手振りで指揮官に離れるように指示した。
「調練を切り上げて、よく休むように兵達に伝えろ」
「分かりました!」
 指揮官は元気よく答えると、また馬群を率いて走り去っていった。深い赤色のマフラーが風に乗ってうねるように靡いている。数日前よりも明るい表情を見せるようになったと思う。
 兵卒達に魏延の言葉を伝えて解散させた馬岱はすぐに戻ってきて、調練の内容や兵卒達の体調などを大まかに報告した。魏延がやろうと思っていたことは全部されてしまっていた。
「ああ、そうだ」
 話が一段落すると、取ってきたアケビを馬岱に渡した。
「全部やる」
 やや警戒した表情がゆっくりと緩み、やがて唇の端に照れ隠しのようなささやかな笑みを乗せた。
 やっと、笑ってくれた。
 けれどもこの笑みは心の底から自分を許してくれている笑い方なのだろうか。根拠はないが、そんな暗い気持ちが沸いてきた。
「調子が良いなら稽古を付けてやるが、どうだ」
「はい、お願いします」
 稽古と言っても大げさなものではなく、一対一の打ち込みである。数日前に馬岱の方から、病み上がりで体力が落ちているから、兵卒達に混じってやる鍛錬とは別に稽古を付けて欲しいと申し出てきたのがきっかけだった。自分の技術は我流も良いところだし、教えてやれる事なんてほとんどないと言いかけたが、ちょっとだけ付き合う事にした。けれどもそれがほぼ毎日続いている。
 将二人が珍しく自らも稽古をしているからか、最初は見物人や賭けをする兵卒も中には居たが、今ではそれも見あたらなくなった。清々すると思った。
 陣に着いて馬を預けて広場に行くと、その片隅に既に馬岱が棒切れを持って待っていた。彼女は魏延が素手なのを認めると少しだけ不満そうな顔をした。魏延としては熱が入ってうっかり馬岱を打ち殺してしまいそうで不安だから素手なのだが。
 膂力や間合いの優位差から言って馬岱は魏延の敵ではなかった。棒を振りかぶり、何度も斬りかかってくる馬岱をいなし、突き飛ばし、時々型が悪いとか踏み込みが甘いとかどうでも良いことを指摘した。
 何度もそれを繰り返し、足元もおぼつかなくなるほど疲労しきった馬岱が飛びかかってきて、それを抱き留めてやった。
「今日はここまでにしよう」
「まだです。もうちょっと……」
 既に息は上がりきり、時折頭を押さえたり吐きかけている癖に、良くもこんな事が言えるもんだ。
 胸倉を引っ掴んで隙間を作り、鎖骨の下の辺りを思い切り叩いて突き放した。馬岱は勢いよく吹っ飛んでよろめき、尻餅をついた。胸の辺りを押さえながら軽い咳を繰り返し、顔を少ししかめている。
「三つ数える間に立って構えろ。一」
 深呼吸を繰り返しながら頑張って立とうと手を突くが、動きがもたもたしていた。
「二」
 上体を支えながら脚をのばし、地面を掴もうとする。
「三」
 膝に手をあてがいながら立ちあがる。構える余裕なんて全く見あたらなかった。まだ肩で息をしていて、時折嘔吐きかけている。歩み寄って馬岱の肩に触れると、それだけで相手は震えた。自分にはない圧倒的な強さを感じてか、今触れたのが真剣だったらと言う仮定に怖さを感じたのかもしれない。
「今日はもう休め」
 それだけ言って馬岱を残して幕舎に帰った。
 それから、魏延より随分遅れて馬岱も足を引きずりながら帰ってきた。横目で見ると、項垂れた顔は生気がまるで無いし、体のあちこちに泥汚れがついたままなのを見て、厳しくしすぎたかもと申し訳なく思った。
 馬岱はそのまま寝台に倒れ込んで動かなくなった。心配になってのぞきに行くと寝ているだけだったので、とりあえず毛布を掛けてやった。
 白かった肌は泥と垢にまみれて薄汚れており、色気なんて欠片もなかった。どうせ自分が許可しなければやらないのだろうし、目が覚めたら湯浴みぐらいさせてやろうと思いついた。
 夕方も過ぎ、周囲が大分暗くなってから馬岱は目を覚ませた。疲れが抜けきっていないのか、寝台に座り込んで動かなかった。
 そうだ、湯浴みだ、と思い出して幕舎の近くを偶然通りかかった兵卒に湯浴みするから湯を持ってこいと言いつけた。
 ぼんやりしている馬岱の脇に桶を置くと、彼女が幽霊のようにこちらを見た。
「熱い内に湯浴みしろ。というか、あのな、何で俺が一々湯浴みの指示までしてやらなきゃいかんのだ」
 馬岱が小さな声で謝った。疲れた所為もあってか、少ししょんぼりしているようにも見える。別に文句を言ったつもりではなかったので、何となくこっちまで落ち込みそうな気がした。
「寝るつもりはありませんでした……」
「疲れたんなら仕方ないだろ」
 馬岱がしょんぼりしたまま動かないので手ぬぐいを湯に浸して絞り、手を開いて無理に握らせた。彼女は眼鏡を外してまずそれを拭き、次いで顔を覆うように拭いて、気持ちいいです、と呟いた。
「背中拭いてやるから後で呼べ。この間のお返しだ」


 背中越しに水音と満足そうなため息が時折して、それが止んでややあって自分の名前が呼ばれた。
 振り返ると馬岱は裸になってマフラーを解き、体の前面を覆っていた。手に取ってみてみると、マフラーは薄手だが目の詰んだ生地で、縦方向に何回か折って首に巻いたり、解いて端の方から裂いて包帯に使ったり出来るようになっているらしかった。
 失礼と声を掛けてから肩に手をあてがった。手ぬぐいを絞り背中に当てると、肩をじわりとこわばらせるのが解った。それも少しすると、緊張もほぐれたのか、力がやや抜けてきた。鞭打たれた背中の傷跡は大体治っているが、一番範囲の広かった部分はまだ桃色で皮膚も柔らかく、注意しないと破れてしまいそうに思えた。
 ふと、丁の事を思い出してしまい、何となく馬岱も死んでいるのではないかという根拠のない不安が沸いた。
 馬岱の左手首に触れ、脈を探し当てると、小さく早い返事が返ってきた。
「文長殿、どうされたのですか」
「痩せたか」
 素直な感想が漏れた。馬岱が不思議そうな顔をして振り返った。
「ああ、いや、終わった。傷はまだ柔らかいから気をつけた方が良いと思う。それと、やっぱりまだ無理はするな。休みたいなら遠慮なく言って良いんだから」
 余計なことを言ってしまったと思い、脇見がちになりながら言い訳してしまった。言い終わって向き直ると、袍に袖を通した馬岱が座り直して自分を見ていて、それで目が合ってしまった。
 目を逸らせなかった。もっと触れていたいと思ってしまった。柔らかく温かく小さいこの生き物をもっと長く触ってみたい。
 気が付けば馬岱の首をやわらかく掴んで上を向かせ、触れあうだけの口づけをしていた。
「すまん、あの――」
 何かを言おうとするよりも早く、今度は馬岱の方から唇を重ねてきた。半開きになった歯の間から甘く柔らかい舌が差し込まれ、舌先と触れあった。押し付け合い、離れ、歯をなぞって舌の裏に滑り込んでくる。
 自然と首を掴んでいた手を離し、馬岱を抱き寄せていた。馬岱の右手が脇の辺りにかかり、布地を掴んだ。小柄な温かさがすぐ近くにある。腕を背中に回し強く抱きしめると、潰れてしまいそうな程柔な脇腹が当たる。
 馬岱の唇が離れ、荒い呼吸を繰り返しながら白い頭を魏延の肩に預けた。間をおいて、彼女が耳元でささやいた。吐息がためらうように耳朶にかかる。
「好きに、なさって下さい」
 どういう意味だと訊き返したかったが、それより早く自分の腕は動いていた。
 注意深く馬岱の上体を支えながら押し倒すと、少し怖くなったのか彼女は目蓋を閉じた。耳の下辺りからそっと頬の丸みと唇の形をなぞり、目蓋の上を滑って額から前髪の中へと指を進めた。改めて、拒絶されていないと思った。
 袍の合わせ目に右手を差し込み、肌に直に触れた。襟を引っ張って剥くと、色の薄い肌が現れた。思っていたよりも骨格も肉付きも良かったが、肌には古い矢傷や切り傷の跡があり、引きつったり変色したりした部分が所々見られた。小振りな白い胸に頭を埋めると、馬岱が腕を首筋に回して抱きしめ返してきた。
 肌けた左胸の、少し芽吹いた薄い赤色の頂に舌を押しつけた。塩と、人の味がした。舌の先でそれをいじると更に緊張を増し、縮こまってかたまる。肋と触れあっている顎に、彼女の早く軽い鼓動が直に伝わってくる。
「ひう」
 舌先で頂をなぶり、時折柔らかく噛み、吸いながらへその辺りに触れると、馬岱が動物の鳴き声のような声を出した。更に手を動かし、軟らかな肉の丘にまとわりつく下草に触れると、脚を閉じて魏延の手の平を閉じこめた。
「今更、怖くなったのか」
 馬岱が首を振る。くすぐったい、と言う返事が返ってきた。そう言っている間にも魏延は手を奥へと這わせる。馬岱が身じろぎする度に内股の骨が手に触れた。
 じわじわと辿り着いた指を陰部に押しつけ、陰核を中指の腹でゆっくり擦りながら、彼女の茂みの更に奥を探った。重なり合う肉をかき分け、うごめく溝へ指を進めるとびくりと手足が強く絞められた。ここが気持ちいいのか。ひだの間をなぞり、探り当てた箇所を刺激する度に馬岱は高い声をあげて縮こまり、逃れようとするかのように身をよじった。
 馬岱が声を上げてもがく度に、陽根が衣の下で熱を帯び固さを増していくのを感じた。
 やがて、触れた当初は湿り気を感じるだけだった秘所からは粘り気のある液が溢れ出て、指の滑りも充分良くなった。
 指を陰部に差し入れてうねらせたまま帯を解いて、夜気に昂ぶりを晒した。汗ばんだ襟元や淫液が伝い落ちて濡らした手首は冷えたように感じたのに、先走りの液を滲ませて鎌首をもたげて待ちわびていた怒張は冷気を感じなかった。
 動かしていた指を止め、秘裂を広げ、そこに切先をあてがう。互いの一部が触れ合った一瞬だけ、馬岱の体が震えて硬くなった。怖がっている気がした。けれども好きにしろといったのは彼女なのだから、今更後に退く馬鹿がどこにいる。
 腰骨を強く鷲掴み、押し込むように刺した。文長殿、と馬岱が叫んだ。ほとんど悲鳴も同然の声だった。悲鳴とは裏腹に、滑りの良くなった彼女の秘所は怒張をするりと受け入れ、包み込んだ。
 突き上げている内に上半身が逃げないように、秘所をなぶっていた手で肩を押さえつけ、再び彼女の上にのし掛かり顔を覗き込んだ。白い睫毛も赤い瞳も涙で濡れて光っていて、すでにほうけつつあったが、魏延を認めると同時に少しだけ醒めた。
 なるべく乱れまいと抵抗しようとする辺りに、気位の高い奴だと感心した。そんな心の素地を教育された馬岱を押さえ込んで服従させて、泣き喚かせたい衝動が沸いてきた。
「なあ」
 その顔に向けて低く声を掛けた。
「本当はこんな奴頼りたくなかっただろ」
 やや浮いた馬岱の腰に当てていた手を腿に移して強く引き寄せながら、より深い場所を突いた。湿った音とくうと言う鳴き声がした。目を閉じて、また開いて魏延を見据える。
「私は」
 腰を引きながら再び突く。何か言いかけた言葉は裏返った鳴き声に変わった。肉壁が密着しそうなほど迫り、締め付けてくる。
「貴方が、頼れと仰ったから、それに、私にはもう、貴方しかないから」
 そんなのは嘘だと思った。
 本当は貴様は俺に何も期待していないだろう。血でも肉でもあった自分の過去が無くなって、初めて頼らなくてはいけなくなった赤の他人の事なんて、すぐに心底から信じてやれるものか。
 そう思うと再び、嫉妬に似た凶暴な気分がこみ上げてきて、無性に彼女をいたぶってやりたくなった。
「嘘を吐け」
「ほんとう、です」
 馬岱が縋るように答えるのが魏延の癪に障ったのは確かだった。彼女の頭を強く押さえ、寝台に押しつけて、唇を塞いだ。強張った顎を掴んで開かせ、舌を押し込んでやった。自分の下で馬岱が、痛みと息が出来ない苦しさにもがき、のたうち、逃げようとあがく。自分の理不尽な行為に耐えるように毛布を思い切り掴んで耐えている。その間にも魏延は馬岱の中をえぐった。
「貴様だって、血は水よりも濃いとか知っているだろ」
 一旦塞いだ唇を解放し、そう言った。馬岱は答えない。苦しげな呼吸を繰り返しながら魏延の為すがままにされている。磁器のように白かった頬は柘榴の実のように紅潮し、目尻に溜まった涙が溢れて流れ出している。
「ごめんなさい……」
 かすれるような声でそう言った馬岱の体が震えて、全身で魏延に抱きついた。唇を噛みしめ、喉の奥に欲望を押し込んだ鳴き声が漏れる。
 肉が陽根に縋るように擦り寄り、締め付けてくるのが吐精感を更に強めた。そろそろ自分の方も限界に近い。
「受け止めろ」
 背中に回された馬岱の手が一層強く握り込まれるのを感じながら、知らない内にまた低い声で語りかけた。


 全てが終わった寝台は敷布も、せっかく湯浴みして少し綺麗になった馬岱も乱れに乱れていた。けれどもその中で魏延だけが冴えていた。
 貴様に手を出す事も出させる事もないとほざいたのはどの口だ。
 彼女の信用を得たかったのはどこの誰だ。
 触れたいと思わなければ良かった。最初は確かにより近くに寄せたいと思っていただけのはずだったのに、いつの間にか自分の中の、今まで気づかずにいた醜悪な部分が露呈していた。
 死んでしまえ。
 冷え固まって、冴え始めた頭でそう思った。好きにしろと言ったから別に良いんだという思いよりも、罪悪感と後悔が勝っていた。申し訳なさすぎて馬岱の顔すら見られなかった。
 馬岱はまだ熱の余韻に浸っていて、浅く速い呼吸と、時折思い出したように跳ねる肢体が魏延の思考をかき乱した。思わず顔を背けて耳を塞いだ。
 着衣の乱れを整えて床から離れようとすると、袖を引かれた。振り返ると、自分の袖を指先でつまんだ馬岱が小さく首を横に振った。何かを言い出すわけでもなく、ただその目が魏延を縋るように見据えている。
 何をしてやればいいのか解らずにいるとなでて、と言う声がした。弱々しく、今にも死んでしまいそうな声音に思わず、誰、と言いかけてしまった。
 言われた通りに頭の辺りをなでてやると、馬岱の目蓋がせわしなく開いたり閉じたりしていた。また丁を思い出してしまった。死ぬな、と思ってしまった。死ぬわけなんてないのに。不安は消えなかったが、これ以上馬岱に触れたらいけない気がした。
 小さなくしゃみがして、冷えかけた小さな手がゆっくり伸びてきた。彼女が疲れ切った声で何度も自分の名を呼んだ。それでようやく再び肌に触れる決心がついた。
 彼女を抱き寄せて衣類を整えたり毛布を掛けてやったりしていると、あったかいと呟いて安心したように頬をすり寄せてきた。
 演技でこんな事が出来る奴だとは思えなかった。謝り倒したいのは山々だが、もう何度謝罪したところで、本当に彼女が許してくれる気がしなかった。馬岱を傷つけ、信頼も良心も踏みにじり、たたき壊そうとしていた自分が今更どの面を下げて、すまないとか、そんな生やさしい言葉は吐けなかった。
「……貴様に一つ、頼みがある」
 ここが成都なら、自分の屋敷に馬岱を押し込んでしまえるのにと思った。彼女がどんな物を好むのか解らないが、とりあえず陽の当たる暖かい部屋を与えてやって、着物も簪も揃えてやって旨い物を充分食わせて、時々一緒に遠乗りに出掛けられたら良い。自分が北伐に出ている間はただじっと待っていればいい。肌の傷跡も手の平の肉刺もいずれ薄くなって無くなるだろう。
 そうすれば馬岱は絶対に死なない。蜀軍で一番強い人間が守ってやるのだから当然だ。
「死んでくれるなよ」


-----餘

 死んでくれるなと言う声が、朝が来ても馬岱の耳に残っていた。疲労が限界まで来て眠気に勝てず、はいと答えられなかった。語調は強いものの一抹の弱さを含んだ切ない命令だと思った。
「起きているか」
 頭の上から魏延の声が降ってきた。毛布の中から這い出ると、秋の朝の冷気が肌にしみた。起き上がろうとしても体のどこからか力が抜けていった。下半身が鉛のように重い。もたもたしていると魏延が手を差し伸べてきたので、それに縋った。上体を起こしてもらったものの疲労感と虚脱感からは逃れられず、彼に寄りかかった。
「今日は――」
「何もしなくて良い。俺は朝駆けに行く」
「文長殿」
 はい解りましたと言えなかった。不安でたまらなかった。
 俺を頼れば良いと言われた時から、彼に対して抱いている気持ちが変わった。何だか気持ちが軽くなった気がした一方で、正体のわからない不安も宿ったと思う。この人が、今まで自分が頼ってきた者達のように居なくなったら、という不安だ。
「文長殿、死なないで下さい」
 そう言うと、魏延は一瞬だけきょとんとしてすぐに不敵な笑みを作った。初めてこの人が笑うところを見たと思う。自信に満ちていて、それでいて強がっている笑い方だ。
 その笑顔を貼り付けたまま立ち上がり、何を言い出すかと思えば、と彼は苦笑混じりにぼやいた。朝日の中に足を踏み出して遠ざかっていく。
「俺は強いから死なん」





後書き
前に言っていた「胡蘆谷直後の魏延と馬岱」の話です。
とりあえず、馬岱そっちのけで魏延をいっぱい描写できたので楽しかった反面、感情の起伏が激しすぎて大分振り回されました。
例によって事前に色んな人に読んで貰いましたが、「魏延は重度のツンデレ」と言う意見を大分頂きました。
個人的には魏延の事は格好悪いくらいに不器用な奴として描きたかったのですが。

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