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読書・ふらりとどこかに行く
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絵を書いたり文を書いたり時々写真を撮ったり。
コーヒーとペンギンと飛行機が好き。
twitter=nabacco

三国志大戦関係
メインデッキは野戦桃独尊、独尊ワラ。君主名はなばーる。
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白雷電が大好きです。以上。
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The Dawn 前

注意書き

■MGS2からMGS4の間(「MGSR」はそうなる筈、と思っていた時期)をイメージしました。
■高周波ブレードについての独自解釈、作者の妄想勝手な「愛国者達」の架空下部組織が出てきます。
■雷電本人と、回想のローズ、サニー、ソリッド・スネークに該当する人物以外は皆、書いた奴の創作です。

それでも良いよって方、「つづきはこちら」からどうぞ。


こちらは前編です。後編はこちらから

 もう長い事、彼女の顔を見ていない。
 それどころか、日を数えるのさえしていない。寒さが身に応えるから、あれから大体半年は経ったという事しか解らない。
 床を共にすれば彼女の息遣いに殺気立って眠れなかった。何日も眠れなくて、とうとう昼夜が逆転した。普通の暮らしの出来る人間に戻りたかった。なんとかして眠ろうと酒を飲んだらそれ無しには眠れなくなってしまった。酒量が増すにつれて記憶も飛び、怪我をしたり、彼女を傷つけたりと怖い思いばかりさせてしまった。
 そしていつも、自分から謝るよりも早く彼女は自分を抱きしめた。全てを受け入れると決めたのだからと優しく、しかし強く言った。その度に、彼女にこんな事をさせる自分を恥じた。謝って済む問題ではないと思った。彼女は自分のような人間とは本当は出会う筈がなかったのだ。そもそも、出会いからして――映画で怪獣が壊したビルはどれかと討論する所から仕組まれた演出だったのだ。だから身重の彼女に、詫びのしるしにと思い自分の貯金の全てを渡し、それ以外は何も残さずに出て行った。
 自分には最低限の身を守る術も、その気になれば人を殺す術も知っているから心配はなかった。表沙汰にならない仕事なんて幾らでもある。麻薬取引の警護の下っ端、日雇い・日払いの名無しの作業。それらを日々淡々と探し、倒れない程度に腹にパンと野菜と肉を詰め、余った金がまとまったら彼女の口座に送った。死にたいとは思えなかった。自分が死ねば、無垢な二人の人間が死んでしまうように仕組まれてあるからだ。
 妊娠していると告げられた時、自分はどんな顔をしただろうか。多分驚いたと思う。自分の様な人間でも誰かを愛する事が出来て、家族を作れるのだと、そういう喜びも同時に感じたと思う。
 その後人伝に彼女が流産したと聞いた時、過去からは逃げられないのだと思った。あれだけ、ただ自分が今日だけでも、明日だけでも生きたいという我が侭の為だけに殺したのだ。けれども、その報せに妙な安堵感を感じたのも事実だ。彼女と自分を繋ぐ物は一切無い。自分との関係から解放されたのだ。彼女はもう自由なのだ。ただ一点、ナノマシンが監視する自分の拍動を除けば。
 そういう微睡みを抱えて、マンホールの底、汚水とぬるい空気の流れる下水の整備道に、新聞紙と段ボールに身を包んで、汚れに塗れた男が寝そべっている。彼は何かの足音が近付いてくるのをとっくに気付いていた。作業員の長靴などではない。こんな場所には似合わない、革靴の物だ。碌でもない事が起こりそうな予感だけがした。けれども、この足音から逃れる事も出来ないと何となく解った。足音は一つだけではないとも、気付いていたからだった。
「ここに居たか」
 手間取らせやがってと罵りながら、懐中電灯の明かりを向けられた。眩しいのと逆光でよく見えないが、足音の主はスーツ姿の様だ。
「取引をしよう」
 取引と言う割に、威圧的で有無を言わさない口調でスーツが言った。変に威張った様子があるのは下水の闇に潜む銃口達の所為だろう。
「お前が私達の元に来れば、彼女に植え付けたナノマシンも、プラントでお前が会ったロシア女の子供のナノマシンも除去する」
 ぼんやりとしていた男の顔が次第に引き締まり、眼にゆっくりと光が灯った。
「……不充分だ」
「ふん、これ以上何を望むって言うんだ?」
「俺の脳に焼き付けた『大佐』を消せ。鬱陶しいんだ。わけの解らない事を喚き続けている」
 彼女の声でも、と呟いた。
「……幻覚は確かに不快だな。よし、上に掛け合おう。多分許可は貰える」
 スーツが何かに話し掛け始めた。
「OK。後はお前次第だ」
 約束は本当に守るのか、と言いながら男が身を起こす。二人分の生を背負っているという責任がある。
「今度は何をするんだ。それ位教えてくれたって良いだろう」
「お前が生き延びれば解る事だ」
 行くぞと促す声に、まともな答えは返って来ないだろうとは思いながらも訊いてみた。あんたらは何だ、と。
「らりるれろ」


 ――という取引がほぼ二年前の事だと思うと、時間の流れは案外手厳しい物だと思った。相変わらず、日は数えていない。一ヶ月と一年と言う区切りしか認識が無い。そんな自分を置き去りにして、周囲は流れていく。たった二年で世界は大きく変わる。身の回りの物一つ取ってみても、最新の電子機器が型落ちになるのには充分な時間だ。そして自分自身が変化するのにも充分すぎる時間だ。
 麻酔が切れて目が覚めた時、自分は全く別の物になっていた。生の手足やその他の臓器は切って売られてしまったかも知れない。心臓はただのポンプでしかない。皮膚もセンサー付のシリコンゴムだ。脳を包む頭蓋も骨ではない。どんなに高い所から落とされても凹み一つ付かない物質だ。手足は一見何の変哲も無い様に見えるが、あらゆるアスリート達やレンジャー隊員を合わせた数倍以上の運動能力を誇る人工骨格・筋肉や神経で構成された「強化外骨格」だ。
 人間離れした体にされた物の、一応約束は守ってくれた様だった。脳に巣くった「大佐」の幻覚は消えた。二人についても、手術を受けさせて生命反応受信機能を除去したと説明をしてくれた。これで、彼女との繋がりは本当に断ち切れた。
 この二年はずっと、何州、いや、どこにあるとも知れない、何と呼ばれているのかも解らない施設の中で、生まれ持った部品と後付の部品のすりあわせに費やされた。起きる、歩く、走ると言った基本的な動作から器械体操・格闘技・銃器の扱い・実戦まで。壊れれば、今度は新しい物に繋げ換えられた。そしてまた一からやり直しだ。
 今時のおもちゃの中には手足をすげ換えてバリエーションを楽しむなんていう物があるらしいが、自分はそれの等身大の物として扱われている様だった。
 研究所の目的は一切教えて貰えなかったが、さすがに二年も生き残れば何となく解りだした。最強の、人間を基にした歩兵を作る為の実験場だった。ざっくり言うとサイボーグ兵士だ。一体で戦車と互角に渡り合える程の力を持ち、戦闘だけではなく工作などの細かい作業も出来て、何にでも「Yes,Sir」と従ってくれる不可能を可能に変える歩兵。「Sir,negative,Sir」とは絶対に言わない完全無欠な歩兵。金がかかっているのだから完成した一体一体は丁重に扱われるが、性能の高さ故に単なる歩兵以外の事もさせる。
 例えば、潜入工作だとか。
 端的に言えば、「スネークに替わるスネーク」を作るのだ。言う奴が言えば、「スネークを超えるスネーク」を欲しがっているのだ。そして「スネークになりかけた」自分は、またここで「スネークもどき」になる為に訓練を重ねている。


「ライデン」
 ほとんどルーチンワークに等しくなった訓練メニューを終え、締めとしてメンテナンスに向かう廊下で不意に、記憶の隅に押し潰された名で呼ばれた。最初は自分の事だと解らなかったが、スリッパの音に追い掛けられ、肩を叩かれながらまたその名を呼ばれた。この囲いの中では渾名は当たり前の事だが、最近はあんたとか、番号で呼ばれていたから忘れていた。そして、研究・開発に携わる者達も番号管理されている。開き直って何番、と名乗る者も居れば渾名で呼ばれる事を望む者も居る。
 振り返ってみれば、ジャージ姿のどこの立場か解らない人間が居た。名札の紐の色は開発班を示していた。一方で被検体には体の解りやすい位置――額や手の甲等――にバーコードが付けられているがこいつにはそれが無い。至って普通の科学者・研究者のようだった。
「何故その名を知っている」
「資料を読んだから。そして、番号で呼ぶよりも良いと思ったから。本題、いきなりだけど、私が君の装備の一部を担当することになったから、宜しく」
 首から提げた名札にはかしこまった、目の前の顔より幾分若い科学者の写真とバーコードだけが載っていた。名前らしい綴りはどこにも見えなかった。
「ブレード開発班のチャーリー。皆にはCと呼ばれてる」
「装備……ブレードって何だ」
 洋上プラントの薄暗い廊下で、俺の趣味じゃないと言われながら手渡された刃物の事を思い出した。
「兵装の一種で、君達の持つ予定になる、ナイフとは別な長めの刃物だ。私はここで、なるべく安価で量産し易くて、それでいて銃みたいに残弾数を気にする事もなくて、保守点検もごく簡単な物を作れって言われている」
「何で俺が」
「刀剣の取り扱いに長けている奴を教えてくれって言ったら君が筆頭に上がった。さっきも言ったけれど、君に関する資料は読ませて貰ったよ」
 よろしく、と改めて科学者が右手を差し出してきた。握手を求めている様だ。
 ここに居るのは誰も彼も自分を含めて碌でもない人間だ。今は人間らしく握手を求めてきているけれど、こいつもきっとそうだろう。だからそれを無視してメンテナンス室へ向けて歩き出した。
 一日の終わりに全身のシステムのチェックを行う。もしも不具合が出ていればその部位は交換される。メンテナンスを行うのは、自分の体を二年に渡って散々いじった強化外骨格班でもある。強化外骨格を開発するチームは一つだけではない。二十のチームに分かれていて、それぞれのチームにアルファベットが振られている。自分が所属しているのは「O」チームだ。
「BCがどうした?」
 ブレード班のチャーリーってどういう奴だと話を振ると、そう返ってきた。いや、生物・化学兵器じゃなくて、と思っていたら他の班員が話を引き継いだ。
「クラッシャー・チャーリーとも言うよ」
「クレイジーだろ、そこは」
「ブレードって言っても、実質あいつ一人だけでやってるみたいな物だ。昔は何人か居たけど他に移った」
「あいつはチャーリーと名乗っているけれど、本当にチャーリーって名前の奴が一緒くたにされると可哀想だから皆Cって呼んでるよ。呼ぶ事はほとんど無いけど。コミュニケーションコードと同じだしな」
 でも、そのCがなぜ今話題に上るのかと聞かれ、廊下で会った事を話した。機械の腕を、骨格を、筋肉を神経を作った面々が悩み出した。絶対無茶な要求をされるに決まっている、どうして俺達が貧乏くじ引かなきゃいけないんだとぽろぽろと呟きが漏れる。
 銃で、互いに手が届かない距離から撃ち合う現代に刃物は殆ど無用だと思う。現在被検体達に支給されるサバイバルナイフも市販の物が大半だ。それを頑なに開発する意味はあるのだろうか。しかしそれも上から作れと言われれば従うしかないかも知れない。
「こいつ壊されたらどうしよう……」
 一人がぼやいた。素体の性能が良いから壊さないで欲しいなと賛同する声が続く。
 メンテナンスベッドに寝転がってバーコードで管理され、体のあちこちに筋肉や骨の状態をチェックする端子を刺されている自分は、この研究所の囲いの中ではただの被検体で、人間ではない。姿形はよく似ていても自分達とアレは違うのだと線引きされているのを、嫌でも思い知らされる言葉だ。
「そいつ、何でクレイジーなんて呼ばれているんだ?」
「去年、研究棟で火事があっただろ」
「ああ、火災報知器類が作動しなくて延焼が結構酷かったと聞いている」
「その放火犯がCなんだよ。ナノ班とモメた」
 「ナノ班」はナノマシンの開発・制御関係を統制している、研究所の中での権限が大きい幹部集団の事だった。ナノマシンの知識や技術無しには作れない物がこの研究所では大半を占めている。ナノマシン班の存在の目的が開発ではなく統制にあるのは、技術流出を防ぐ為ではないかと思っている。
「ナノ班呼びつけて、開発途中の自前のブレードでデータの詰まったパソコン切り刻んで、スプリンクラー壊して回って、挙げ句に自分の研究室に放火したんだってさ」
 班員達が言う様子を聞いていると、まともな人間ではないと思うしかなかった。
 その後、担当になったと宣言した物の、Cは殆ど出て来なかった。Cの出現を強化外骨格班も戦々恐々として身構えていた。
 たまに出てきたと思えば、O班に強化外骨格の性能について聞いたり、手脚を別の物との交換をしないのかと議論をしていた。一度だけCの指示で体を動かす事になった。センサー類を取り付けた金属のパイプを渡され、素振れとか室内演習場でどうこうしろという指示に従わされるだけだった。
 あまりにもつまらなくて外骨格の出力の限りにパイプを振ってへし折って見せたが、黙ってCは予備のパイプを渡しただけだった。はいもう一回、と促すCの声に、自分は何をやらされているのだろうと思ったのと全身の筋肉が過負荷からエラー反応を起こして痙攣を始めたのが同時だった。すぐに演習場に強化外骨格班がなだれ込んできた。
 応急処置をしながらよくも壊しやがって、と怒る強化外骨格班にCはライデンが自分からやった事だ、と素っ気なく返した。
「でも良いデータが取れた。君達の研究努力の賜だ」
 シャーペンの尻をかじって何やら計算しながら、強化外骨格班にお世辞を言った。もうこいつどうにかして、という強化外骨格班の悲鳴が響いた。
 その一件で上から注意でもされたのか、満足のいくデータが取れたからか、Cはそれから全く姿を見せなくなった。二週間、誰もCを見かけなかったと言う班員の証言を擦り合わせてホワイトボードに書き終えて考え込んだ班長が「演習前だから時間無いけど、小さくても良いからパーティしよう」と言った。
 当然、被検体はパーティには参加させて貰えなかった。


 そして地獄が始まった。
 年に二回参加する予定の演習に向けて強化外骨格と装備類の検討をしている所に、Cの横槍が入った。偉そうな顔をして大して厚くないファイルをO班長に渡した。その表紙には研究所長まで目を通した上に、綴じられた内容を了承した事を示すサインが入っていた。ファイルのタイトルは「仕様要求書」。
「この通りに、彼を、ライデンを調整して欲しい」
「何であんたが!」
「私のブレードをメインにして最大限活用できる仕様はこうなる筈だから、宜しく頼むよ」
 班長がファイルを押し返しながら、枝葉は黙っていろと言った。
「幾ら所長が認めたとは言え、書式も正しいとは言え、物事の段階すっ飛ばしてるだろう、あんたには常識がないのか?!」
「常識に囚われない事が、新しい視点を得る最初のステップだ。でもって君は頑固だからトップダウンで行かせて貰う。蛇の採り方って知ってる? 首を掴んだら毒があろうが大した事はない」
 ホワイトボードに書かれた計画概要を一瞥してCは鼻で笑った。
「また人間戦車を作るのか?」
「違う! 重装甲マザーベース型外骨格と言え!」
「君の首も、今度演習に掛かっているんだよね?」
 Cの言葉に班長があんたと一緒くたにするな、と声を荒げた。
「班長、ロマンだけじゃ生きていけないんだよ。でもそのくせして人間は、ロマン無しにも生きていけない。矛盾してるよね。……で、今回は私のロマンに付き合って貰う」
「一つ訊く」
「どうぞ」
「この二週間、一体何をしていた?」
「やっぱり班長って頑固だね」
 Cが幽かな嘲笑を含んだ顔でファイルを示した。良いね頼むよ、と念押ししてCは部屋から立ち去った。演習に向けて訓練している日中に起こった事だから直接に見聞きしたわけではないが、メンテナンス中に、班員がそんな顛末だったと教えてくれた。O班長の表情がいつになく苛立だしそうなのはそれが原因か、とようやく理解した。
 そしてCが残したファイルを解き、班長以下がページ順に回し読みした。班長自らがファイルを寄越して読ませてくれた。今までこんな事はなかった。
 筋肉骨格や装甲ではなく、神経系と心肺機能の瞬発力の強化を求めている。三百六十度の電波の視界を持ち、身体能力をただ向上させただけでは生身の脳が状況に付いて行けなくなるから、補助のソフトを組み込んだ機械脳を付けて照準や空間認識をサポートさせる。そして装甲は肘・膝のプロテクターや急所を守る為の最低限度に近い。
「クレイジー・チャーリーめ……」
 班長の呟きに、班員の一人がCの言うのももっともだし、大穴狙いも良い所だけどやるしかない、と言った。博打だ。演習本番までにこいつを徹底的に調整しよう、と。
 被検体は改造を拒否出来ない。脳を含んだ、神経からの根本的な改修になった。ついこの間まで出来ていた動作が全く出来ない虚しさばかりが付いて回るから、リハビリはいつも嫌いだった。一日でも早く、歩いたり走ったり飛び跳ねたりといった基本動作が出来るようになりたいもどかしさだけが先走る。強化外骨格を換装した時のリハビリは、例えば骨が真っ二つに折れるような骨折から回復するよりも遙かに時間は短いが、それでも苦しく、もどかしい事に変わりはない。
 毎日歩いたり走ったり銃を分解して組み立てたり、格闘技の基本動作をした。今まで調整された事があるのは重武装な形か、殆ど人間と大差ない形だったが、今回は全く違った。生の脳が補助脳と連係が取れていなかったり、これまでと正反対の高機動の認識に頭が追いつけず、手足の動きがおかしくなったり転んだりの連続だった。メンテナンスが深夜に及び、またそこから基本動作のやり直しをした。ダメ元で寝たい、とぼやいたら班員達が賛成してくれて一緒に仮眠を取った事もあった。
 その元凶にして、本来は枝葉の筈のCが本物のブレードを渡してくれたのは、演習の前日だった。
 演習には十班ずつ、順繰りに開発班が割り当てられる。被検体を複数保有している開発班も居る。
 改良と武装追加を重ねて三回参加したが、ろくな目に遭わなかった。
 前回の実弾演習の時はバディが居て互いにリンクし情報を共有し合う形式を取ったが、演習開始から十八時間を過ぎた頃にバディが死んでしまった。その後追加の被検体がO班には回されなかったから、今回は単独での参加になった。陰で班長の所為で成果を上げられていないから被検体を回してくれないんだと皆が囁いている。
 バディが死んだ原因は反射速度の遅さだった。全く同じ外骨格だったのに、飛来する弾を避けきれずに死んだ。一方で自分は逃げ出せた。その後は演習終了まで、生き延びる為に他の被検体を出会い頭に殺し、銃器や装備を奪い続けた。バトルロイヤル戦だったからだ。殺した数と状況を打開して生き延びる力だけを評価すれば断トツだった。
 生き残れた原因は自分の生まれ持った反射神経の良さに因るところが大きいだろうとデブリーフィングで結論づけられた。それに、バディには不足していた空間把握能力の高さもあるだろうと言われた。器械体操の際のデータが参照された。O班長が推し進める装甲は大して役に立たなかった。
 空軍が航空ショーで航空機達の実力を見せつける様に、陸海軍や海兵隊が演習の様子をPVにしてインターネットで流す様に、この研究所だか実験所の存在意義を誰かに示すパフォーマンスの日だ。様々な形の強化外骨格達が街一つが廃墟となった区画で性能の限りに殺し合う。普段のレーザーポイントやキルコールによる死亡判定ではない。何度か参加して生き延びたが、あまり壊されない様にしたい、と思っている。
 班員の雑談を聞いていると、装備を含めても重量が一番軽いのは自分らしい。中世の騎士のような頑丈な鎧を纏い、口径の大きな銃器を携えた人間離れした背丈や体格の被検体達が大半を占める中で、人間の形を保ち、素顔を半分晒してブレードと狙撃銃で参加する自分は浮くだろう。Cが言うがままの、「高機動・軽装備・余計な武器弾薬は現地調達・接近戦が一番得意」というコンセプトをO班は嫌々ながらも守り抜いて仕事をした。しかし、決して他の被検体に比べて非力だというわけではない。全身の人工筋肉は最高出力の物を採用している。やれ、と言われれば戦車を投げ飛ばす事も出来る。
 支給された狙撃銃は単発式で口径が大きめである事以外は、一見して普通の物だったが、弾は対強化外骨格用に開発された物で、計算上は外骨格を打ち破って被検体を殺せるらしい。そして、人間と違って電波という感覚を持つ他の被検体達から身を隠す為の、対電磁波のステルスシートを何枚か貰った。それぞれが別な開発班からの差し入れだった。
 そしてそれらの締めくくりの様にCが、強化外骨格班が慌ただしく行き来し、何かの焦燥感に駆られていつにも増して苛々している班長がチェック表を睨んでいるメンテナンス室のドアを蹴って入って来た。両腕で一メートルと少し程の長さの何かを抱え、徹夜続きだったと解る顔をしていた。
 ドアを蹴るな、挨拶くらいしろといつもは怒号が飛ぶ筈だが、今日は誰も何も言わなかった。最終調整に追われる班員の視線がCの腕に集中していた。
 班長が立ち上がる。こちらの顔も疲労が滲み始めているが、一方で夢を見ているような驚きがあった。それに達成感と安堵が少し。O班を振り回したCの狂気の、Cの仕事がその腕にあった。
「出来たのか……」
 Cの返事は頷きだけだった。そのまま何も言わず、メンテナンスベッドの自分に近付いてくる。起きても良いか、と傍らの班員に聞くとコードを伸ばすから待てと言われ、ややあって、上体を起こせた。
 全体が黒く塗装された鞘と、柄にパラコードを巻いたブレードだった。ホルスターは手作りと見えて、ミシン目が粗かった。
「約束のブレードだ」
「別に俺は約束なんてしていないぞ」
「そうだったね。でも私は君達と約束をしていたんだ」
 そう言って強化外骨格班の面々を見渡した。その仕草が、初めてCにも他人との繋がりがあると物語っていて、何だかやっとまともな人間に見えた。
「敢えて君達に、素体の大きさそのままに情報処理速度から相当のスピード重視で高出力な高機動型に挑んで貰ったんだ。君は、今回の演習に出る被検体達の中で一番速い筈だ。何もかもが」
「俺は今度はサブロボット付けた形にしたかったんだけどな……」
「いい加減にしてよO強化外骨格班長。他の奴等とコンセプトの被っている重装甲型とか無線基地型なんて面白くないじゃないか。今までそれで失敗してきた癖に。それとも何だ? 人間の形を保つ逃げ道に、着脱可能な翼でも生やしたりタコみたいな多腕型にしたりしたかった?」
 Cの言葉は辛辣だった。潜入に成功すれば、と主張し続ける班長をたられば言ってる時点で可能性としてはゼロ同然で、人間離れしたシルエットを持つ程敵地の人間に紛れ込み難くなるのは分かり切っている筈だと切り捨てる。
「君はライデンを活かせていない。ライデンの資料をちゃんと読んでない? 彼の良さを生かす気が全くない。この一年半の成績ははっきり言って振るわない。班長は重武装な奴が好きだから他の班にも色々働きかけて技術協力を仰いでいたみたいだけど、あれこれ背負わせた割にちっともライデンを活用できなかった」
 Cは抱え込んだブレードの鞘を叩き、強い口調で言った。
「だからこその、枝葉からの逆転の発想だ。これがあれば君達の首は繋がる」
「あ、あんただってたられば言ってるじゃないか!」
「揚げ足取るなよ。私のやり方は君とは違う。それに、君の専門知識の範囲でたらればごり押ししたのがこの一年半だったんじゃないか? 視点を変える? 君はその場でぐるぐる回って見せているだけだ。百八十度、いや九十度だけで充分なくせに余分に空回りし続けた、意味も成果も価値もない一年半だった。悔しいんなら結果を残したらどうだ? 書類や手順越しとはいえ私に指示されるのを屈辱的だとは思わなかったのか?」
 反論できない班長を尻目に、自分に向き直ったCがブレードの講釈を始めた。
「高周波ブレードって言って、刃自体が細かく震えて斬りたい物との摩擦を低減する仕組みで何でも斬ってしまおうって言う物だ。高周波のスイッチのオン・オフは抜刀だけで済む。鞘に収めれば内部のナノマシンが刀身の補修をしてくれるし、蓄電もしてくれる。ブレードは抜刀したら、出来れば物を斬り続ける状態にしておいて。高周波で自身が高温になって破損する可能性がある」
 蓄電池の関係上戦闘は最長でも三分、充電には五分以上はかけてくれ、充電は、些か間抜けな光景だけどコンセントからも出来ると結び、あとこれ、とCが数本のアンプルとシガレットケースを手渡した。
「鞘のナノマシンの補充用と餌、缶の中は取説」
「……そんなにこのブレードって効率が悪いのか。それに、取説読みながら戦えって言うのか」
「違う。その、……いずれ解る」
 マンホールの底で聞いた声が蘇った。部品と駒は黙っていろと言わんばかりの有無を言わさない使者の声と、自信なく言い淀むCが同じ存在に思えた。上から目線の、実験体の、お試しの、換えは幾らでもあるんだから。人間と被検体の間に引かれた見えない線のあちら側とこちら側。自分だってたった二年前まであちらに居た筈なのに。それとも、最初からこちら側と運命付けられていたのだろうか。
「……あんた達はいつもそうだな。いずれ解る、いずれ解る。生き延びられたら、いずれ解る。……結局俺は駒って事か」
「違う。そういう意味で言ったんじゃない、……ライデン」
 Cが取り繕うように言った。話には続きが、と手を伸ばしてくるのを強くはね除けた。生身のもろい手が弾かれて、Cは呻きながら蹲った。
「もう結構だ。俺はあんたのブレードの高性能さを見せつけてやる。帰って来れたら修理を頼む」
 出て行け。
 そう言うのも面倒くさかった。Cは手を庇ってやや前屈みになりながら出て行った。一々挙動が大げさな奴だと思った。Cのジャージがドアの外に出るまで睨み続けた。
 上から赤い液体が滴った。床に直径三センチにも満たない歪な円形が出来た。
 配管の錆ではないとそれを仰いだ皆が解った。天井に肉片と血だまりがくっついていた。メンテナンス室が一気にざわついた。
「手……、手が……」
 Cを追い返した手を見ると血が付いていた。誰のかは明白だった。
 自分達が作った人工の筋肉と神経の集合体の筈なのに、班員達が自分を見る目がさっきと全く変わっていた。悪魔だ、と誰かが呟いた。
 いきなり体が全く動かなくなった。声も出ない。呼吸すらも。外部から神経系を操作され、脳幹以下の普段は無意識で行っている行動だけを残し、脳から運動神経への信号の出力を止められた様だった。メンテナンス室は悪魔の威圧感と重い沈黙に支配された。あんた等が俺をこうしたくせに、と言いたかった。




後編へ続く
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